仏保守系ル・ポワン誌が昨年3月に公表した世論調査では、仏国民の6割がグローバル化の影響を「否定的なものと考える」と答え、保護主義的な貿易政策の導入を求めた。世論ベースでは、保護主義を指向するのはトランプ大統領率いる米国の専売特許ではないといえる。その一方で、同じ調査では55%の人が「グローバル化で得をしているのはアジアと北米」とも回答していた。
「改革路線は不変」と強調
マクロン大統領は18年の大晦日に再度、国民向けにテレビ演説を行い、改革路線を断行すること、抗議行動の暴徒化は「力」で鎮圧すること、1月中旬から全仏各地を行脚し、地方自治体首長や住民との間で「国民的な対話」に乗り出す方針を明らかにした。
ここで確認しておくと、マクロン大統領が就任後の約1年半の間に実行した改革の実績は、決して小さなものではない。たとえば、9%前後で高止まりしている失業率引き下げを狙った解雇と再雇用を柔軟化する労働法改正は、シラク、サルコジ、オランドという歴代3政権が取り組もうとしては大規模な労組による抗議行動に直面して断念を強いられた積年の懸案だった。足元の失業率は改善していないが、数年内に徐々に成果が表れるはずだというのがエコノミストたちの見立てである。さらに、国鉄の鉄道員らに特恵的な待遇を与えていた年金制度の改革も、3か月に及ぶ国鉄ストをはねつけてマクロン政権は断行した。国鉄改革をめぐる政権の強い姿勢は、国民の過半数がおおむね支持していた。痛みを伴う改革が仏経済の体質改善に不可欠であることを仏国民も頭では理解しているからこそ改革は可能だったといえるだろう。
もちろん仏国民全体が現状にとどまることを「是」としているわけではない。「グローバル化への対処」「官製経済から民間主導経済への脱皮」「気候変動対策の強化」「欧州統合の深化」などを訴えたマクロン氏を有権者は大統領に選んだのだ。だが、グローバル化やIT・人工知能の発達などに対応していくための国内の改革も、労働市場の改革と同じく、その成果が短期に表れる性格のものではない。それは、企業文化や国民の職業能力を全体として刷新するための教育や職業訓練の改革・拡充といった長期の取り組みを必要とする。17年の大統領選挙でマクロン氏を勝たせた世論は、大統領の改革の成果に、即効性を求めて失望している面もある。大統領が国民向けに重ねて「忍耐」を求めているのはそのためだ。
改革は減速、変質も
マクロン大統領は今後、さらに改革を進め、GDPの55%前後に相当する公共部門への歳出を減らすための公務員の大幅削減に取り組む方針を維持していくことになりそうだ。ただ、減速は免れず、場合によっては、その中身も薄めざるを得ない可能性が指摘されている。抗議行動の背景には、経済的な格差に加えて、政治に自分たちの声を聞いてもらえないとの失望感が重なっている現実があるからだ。大統領が国会議員や労組とほとんど接触せず、大統領府に陣取る一部の側近たちを率い、かなり独断的に政策決定を行ってきた手法には、政権や地方自治体の首長らから広く批判の声が上がった。
政権基盤がそもそも脆弱であることも問題だろう。マクロン氏は大統領選の第1回投票でトップに立ったものの、多数の候補が乱立する中で得票率は24%に過ぎなかった。しかも、その過半数は、マクロン氏が閣僚を務めたオランド前政権を支えた社会党支持層だったと指摘されている。
その後の決選投票の相手は極右・国民連合(旧「国民戦線」)のマリーヌ・ルペン党首であり、マクロン氏が得た66%の得票には相当数の「反ルペン票」が含まれていたとみられている。つまり、マクロン流の「革命」に賛同して投票した人が圧倒多数だった証拠は、どこにもないのである。有権者の選んだ人が必ずしも多数意思を反映しないという政治の現実が、フランスの民主主義の危機を高めている。
全国行脚は民主主義の再建策
マクロン大統領が今月中旬から始める「全国行脚」は、その点で極めて重要なものとなる。国民の声に耳を傾ける姿勢をアピールし、「尊大さ」も批判されるイメージを払拭するための重要な機会であるだけではない。有権者との意思疎通を通じて「改革」を貫徹しようとする自らの政策への理解を訴え、そのことを通じて現在の選挙制度の欠陥を補うプロセスとも言えるからだ。それはEU域内で広く危機が叫ばれている民主主義を、欧州統合の中核国で守るための遊説ともなるだろう。