(作家、辻仁成)
※編集部注:一部デバイスでは辻のしんにょうの点がひとつになりますが、正しくはふたつです
なぜ、彼らはジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)を着るのか。世界中の人々はこのデモ衣装の統一を不思議に思ったのではないか。
実は数年前、ここフランスでは、自動車内に黄色いベストの携帯が義務付けられた。だから、私の車にもこの黄色いベストが常備されている。事故が起こった時、運転手は車外に出て危険から自らの身を守るためにこれを着る。
ガソリン税の増税が決まった時、これに反発する人々が皮肉を込めてこれを羽織り、危険から身を守るためにデモ行進をはじめた。この皮肉こそが政府の増税政策に不満を持つ人々の心を掴んだ。つまり、私もしようと思えば自分のジレ・ジョーヌを羽織って簡単にデモに参加することが出来るのだ。この黄色いベストは空港でも、工事現場でも、工場でも、路上でも、ありとあらゆる人々が危険から身を守るために日常羽織っているものだから。同時にそれは労働者のシンボルでもある。どこかの団体を意味するマークではなく、まさに市民運動の象徴ということになる。
「ガソリン代を払えないなら電気自動車を買えばいい」
パリはクリスマスを前に規模は縮小したもののまだ予断を許さない状態が続いている。
マクロン大統領をマリー・アントワネットに譬える批評もある。「パンがないならブリオッシュを食べればいい」と言ったアントワネットの言葉が「ガソリン代を払えないなら電気自動車を買えばいい」に変換され皮肉られている。
個人的な話だが、私はマクロン大統領誕生時に強い期待を持った一人だった。マクロン一人を悪者にしていいのか、という記事も確かにあるし、彼がこの30年の政治的なツケを背負わされた格好であることも事実であろう。
しかし、フランスの国民に同情する気持ちはなく、その怒りは想像を超えて拡大した。なぜか?
黄色いベストを着た人たちがパリでデモを始めた5週間前、マクロン大統領はこの運動を重要視していなかった。現場に駆けつけることもせず静観した。これは初動対応のミスであり、大統領という立場上責められても仕方がない。マクロン大統領は代議士の経験も自治体を代表したこともないので市民に耳を傾けることや市民との駆け引きに長けていないのではないか。事態が深刻化してやっと12月10日テレビで謝罪した。初動対応の悪さやその最中の態度の冷たさによって、予想をはるかに超える状態となった。立ち上がったフランス庶民の声も「マクロン、辞任!」へと傾きつつある。