会社法は、第960条により、会社の取締役が、自己若しくは第三者の利益を図り又は株式会社に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、当該株式会社に財産上の損害を加えたときは、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科すると規定している。ゴーン元会長に特別背任罪が成立するためには、日産に財産上の損害が認定できなくてはならず、要するに、ゴーン元会長の特別背任容疑における第一の犯罪事実は存在しない。

「サウジの知人」ハリド・ジュファリ氏

 さらにここに登場するのが、サウジアラビアの知人ハリド・ジュファリ氏である。ハリド・ジュファリ氏は、サウジアラビアの財閥「ジュファリ・グループ」の創業家出身で、サウジアラビア有数の複合企業「E・Aジュファリ・アンド・ブラザーズ」の副会長のほか、同国の中央銀行理事も務めている。ジュファリ氏が経営する会社は、2008年10月、アラブ首長国連邦に日産との合弁企業「日産ガルフ」を設立し、ジュファリ氏はその会長に就任している。「日産ガルフ」は、日産の中東市場の販売・マーケティング業務をサポートする目的で設立されている。

 ジュファリ氏は、新生銀行から追証を求められ苦境にあるゴーン元会長を救済するため、自らの資金約30億円分を外資系銀行に預け入れ、その預金を裏付けとして約30億円分の銀行信用状を発行させた。この信用状はゴーン元会長を経由して新生銀行に差し入れられ、通貨スワップ契約は無事に日産からゴーン元会長の資産管理会社に再移転された。これが2009年1月のことである。

 その後、ジュファリ氏の個人口座には、2009年6月から2012年3月にかけて、「中東日産会社」の口座から、3~4億円ずつ全4回にわたり合計1470万ドル(約16億円)の金が販売促進費名目で振り込まれている。東京地検特捜部は、この金を、ジュファリ氏が行った信用保証の謝礼金だと言うのである。

 一般に、銀行が信用保証状を発行するには、保証額の数%の保証料を徴収する。本件の場合、この保証料はジュファリ氏が負担していたとされているが、その保証料なるものは、仮に保証料率を3%と想定しても、年額9000万円程度のものに過ぎない。しかも、結果的に、ジュファリ氏が外資系銀行に供託した30億円は手付かずで保全されている。ゴーン氏がジュファリ氏の負担した数千万円のために約16億円もの謝礼金を払うというのは、およそ経済合理性に反する。しかも、ジュファリ氏は、事実として、日産の中東市場の販売・マーケティング業務をサポートする目的で設立された「日産ガルフ」の会長であった。ゴーン元会長は、「知人への支払は、サウジアラビア政府や王族へのロビー活動あるいは現地販売店と日産との間で生じていた深刻なトラブルの解決の協力など日産のための仕事をしてもらっていた」と抗弁するが、その抗弁は客観的事実に裏付けられている。これをもって特別背任などと主張するのはおよそ馬鹿げており、ゴーン元会長の特別背任容疑における第二の犯罪事実は成立しない。

 東京地検特捜部もよくこんなもので逮捕請求ができたものだと感心するが、ここで第一の犯罪事実及び第二の犯罪事実の証拠構造を冷静に分析すると、ゴーン元会長の特別背任容疑には、元秘書室長の提供する内部情報とその証言以外にろくな証拠などないことが分かる。この人は、司法取引に応じることにより刑事処分を免れているので、東京地検特捜部の求めるどのような供述調書にも喜んで署名する。元秘書室長は東京地検特捜部の唯一の頼みの綱ということになるが、この人の証言の証拠価値は低い。元秘書室長の証言など、ハリド・ジュファリ氏の証言が出れば、一発で撃沈するからである。

 元秘書室長との司法取引は、日産ゴーン事件における東京地検特捜部の失敗の本質でもある。なぜなら、ゴーン元会長がジュファリ氏に対する販売促進費の支払をもって特別背任とされる以上、ジュファリ氏はゴーン元会長の特別背任事件における共同正犯になってしまうからである。

 東京地検特捜部は、ゴーン元会長の有価証券報告書虚偽記載罪での逮捕長期勾留により、フランス政府、ブラジル政府、ヨルダン政府を敵に回したが、今回の特別背任罪での逮捕によりサウジアラビア政府さえも敵に回すことになった。

 この人たちのやっていることは、自らの組織の保身のために、我が国の国益に反する外交問題を引き起こしているのである。事件は、全3回に及ぶ長期勾留によりゴーン元会長が追い詰められているように見えるかも知れないが、事実は全く逆で、瀬戸際まで追い詰められているのはむしろ東京地検特捜部なのである。東京地検特捜部並びに東京地裁は、本件が世界のジャーナリズムの監視の下、グロ―バル世論の下で進行していることを忘れてはならない。