都の児相は、23区内に足立、江東、北、品川、杉並、世田谷、新宿の7箇所にあり、都知事としては、これを活用すれば十分に対応できると考えていたが、区としては、区の責任でしっかりと子どもを守りたいという根強い要望があったのである。

 2016年の法改正を受けて、この問題の旗振り役であった荒川区がまず設置を決め、世田谷区、江戸川区とともに2020年度の開所を目指している。2021年度には、港区をはじめ、新宿、中野、板橋、豊島、台東、2022年度には品川、文京、北、2023年度には葛飾、2025年度には江東が設置を予定している。足立、杉並、渋谷、千代田、中央、目黒、大田、墨田が開所時期は未定だが設置する意向である。

練馬区だけが児童相談所を設置しない理由

 その中で、唯一練馬区のみは設置しない方針である。前川区長は、元都職員で福祉行政を長期間担当した経験から、区よりも都が中心のほうが上手く行くという見解を持っている。

 11月9日に毎日新聞に掲載されたインタビュー記事で、「区が児童相談所を設置しても区単位では問題を解決できない。都の体制でやる方が効率的で専門的な行政ができる」と述べている。「都は既に児相があり、区が児相を造っても移管しない。屋上屋を架すだけ」と手厳しい。練馬区は都と警察との連携で十分に対応できるという。

 そして、「万単位の職員がいる都でも児相を希望する職員は少ない。千単位の区では児相職員の人材確保、育成、人事異動はより難しい。区が児相を造れば、万一、虐待死事件が起きた時、区が責任を負う。対応できるのか」と疑問を呈している。

 先述したように、23区内に足立、江東、北、品川、杉並、世田谷、新宿の7区に都の児相がある。そこに、区も児相を設置するのであるが、都と区がダブルで児相を持つ必要があるのか。どちらか一つでよいはずで、その議論は全く行われていない。前川区長が言うように、単に区の権限を拡張したいという「悲願」の実現が自己目的なら、まさに税金の無駄使いである。だからこそ、私が都知事のときには、その「悲願」に厳しい態度で臨んだのである。

 港区が青山に建設を計画している児童相談所には、子ども家庭支援センターと児童相談所の二つの機関が同居するが、同居しなくても密接に協力できるというのが前川区長の主張である。

 区が独自に児相を持つことに伴って、問題も出てくる。たとえば、港区で虐待された子どもを、親から引き離し多摩地区の児童相談所に逃がすという措置をとるときに、区と市の連携がまずいと上手くいかない。その意味では、東京都が一括して面倒をみたほうがよいことになる。広域行政のメリットである。

 子どもを東京都から徳島県に移すような場合は、都道府県を越える対応が必要で、これは国の出番である。

 児相行政には、国、都道府県、市区町村の連係プレーが重要であり、先に政府が決めたように十分な数の児相職員の育成が不可欠である。かつては、地域で子どもを守るというのが日本の伝統であったが、その伝統が薄れた今、児相の出番はますます多くなるであろう。東京23区が設置する児相も、そのような態勢を整えてほしいと願う。そして、かけがえのない子どもの命を地域社会全体で守るという決意が国民に求められているということも、忘れてはならない。