一時期、私は青山、表参道交差点の近くに住んでいたことがあるが、日常生活の買い物には便利な所ではない。確かに、青山ブランドというものがあるのかもしれないが、高級趣味なら銀座などの方が本場だろうし、学校も特に名門校が揃っているわけでもない。もともとは軍の施設が近いことから軍人が住んだり、公務員宿舎があったので公務員が多く住んだりする落ち着いた地域だった。現在、「青山ブランド」などという妙な意識を持っているのは、比較的最近あのあたりで生活するようになった人なのではないだろうか。

港区が児童相談所を設置するとしている土地。3200平米の広さがある。

 そもそも他の地域でも、児相が設置されたから周辺の地価が下がったという話は聞いたことがない。私は、厚生労働大臣として全国的レベルで児相を管轄したし、都知事のときは東京都全体で児童虐待対応に当たり、児相を視察もしたが、青山の反対派住民の危惧するようなことはなかった。

 また、児相を建設するには一定の広さの土地が必要である。港区の計画について、事業費が高すぎるという意見もあるが、少なくとも3200㎡の土地取得費72億円は高くない。これは国有地であり、国有地の売買については、まずは地方自治体に手を挙げる権利がある。国の土地を、もし民間の悪徳開発業者が競争して値をつり上げて獲得し、そのあげくに乱開発したら困るからである。東京都も、国有地を優先購入し、都民のために有効利用した例は枚挙にいとまがない。

 つまり、港区があの土地に児相を設置することに対する、地元住民の反対意見は的外れと言って差し支えないのである。

区からの要望で実現した区立の児相

 ただそれとは別に、行政的な観点から、もう一つの重要な論点がある。それは、児童相談所行政はどの自治体が担うべきかという問題である。

 私が都知事のときに、23区の区長との会合を頻繁に持ったが、区長さんたちからの要望の第一に上がるのが、児相の区への移管であった。

 たとえば、2014年の要望事項を見てみると、西川太一郎荒川区長は、「児童虐待への対応については、各特別区に設置している子ども家庭支援センターと東京都が設置している児童相談所の二つの機関が存在していることにより、認識に温度差が生じ、迅速かつ子どもの状況に合わせたきめ細やかな対応がとれないことがある。この課題を解決し、特別区という一つの体制の下で児童相談行政を一元的かつ総合的に担うため、早期に児童相談所を特別区に移管していただきたい」とのべている。

 また、中山弘子新宿区長は、「児童相談所と子ども家庭支援センターは、連携して虐待をはじめとした児童相談行政を行っていますが、二つの機関が存在することによって、認識に温度差が生じ、迅速な対応や子どもの状況の変化に合わせたきめ細かな対応が取れないことがあります。

 このため、児童相談所を区へ移管することについて、都区で合意しています。具体的な検討については『都区のあり方検討』と切り離して、早急に進めることとしていますが、現在、具体的な検討が進んでいない状況となっています。つきましては、実務的な検討を始め、児童相談所の区への移管が早期に実現するようお願いします」と主張した。

 このような要望をいれて、2016年に児童福祉法が改正され、設置が義務化されている都道府県と政令指定都市、希望する中核市(2006年度に加えられた)に加えて、東京23区でも児相を設置できるようになったのである。