それによると、この2人の名義でのロシア中部での住民登録と旅券発給の記録は2009年に作成されており、それ以前には存在しないという。また、2人の旅券はほぼ同時期に発給されているが、通常のロシア国民とは違うきわめて特例的な発給が行われており、うち少なくともペトロフ名義の旅券情報には、情報機関員に使われる最高機密扱いの特殊なマーキングが複数見られるという。

 また、彼らが搭乗した航空便の記録からは、前々からイギリス旅行を計画していたとの2人の証言とは食い違い、3月1日に予約されていた。帰国便も2日連続で重複予約するなど、まるで「脱出」を想定したかのような準備ぶりだったとのことだ。

ロシアの反発が検証の信ぴょう性を高める結果に

 こうしたべリングキャットの調査に対し、ロシア側は「ハッキングで違法に入手した旅券情報を悪用している」などと批判した。ただ、それは逆にその旅券情報が本物であることを白状したようなものだった。べリングキャットはもともと、一般に入手可能な公開情報から検証する活動を行っているが、今回はロシア側の調査パートナーがいることで、旅券情報などの公機関の内部情報を入手している。

 なお、こうした内部情報はロシア国内では闇市場で入手可能だが、今回、ロシア当局はその情報漏洩ルートの調査に乗り出しているという。これも裏返せば、旅券情報らが本物であることを示している。

 ところで、このべリングキャットの発表を受けて、ロシアでは独立系メディア「ノーバヤ・ガゼータ」も調査報道を開始。彼らの旅券情報に含まれる番号が、ロシア国防省の電話番号であることを確認した。ちなみにこの「ノーバヤ・ガゼータ」はプーチン政権の暗部を暴き続けている勇気ある露メディアで、記者が暗殺されたこともあるメディアである。

偽装旅券の持ち主は「ロシア連邦英雄」だった

 べリングキャットはさらに9月20日、第2弾の調査報告を発表。バシロフ名義の旅券の記録情報でも、ペトロフ名義旅券と同じ特殊なマーキングが確認されたという。

 また、他のGRU工作員の旅券情報を照合し、この2人の旅券が同じ特別な手順で発給されていたことも証明された。それに2人の名前で各出入国データを照合すると、とても民間の起業家とは思えないレベルのスケジュールでの移動ぶりで、西欧各国や中国、イスラエルと目まぐるしく飛び回っていることも判明した。もう2人がGRUの所属であることは明らかだった。

 そして9月26日、べリングキャットはジ・インサイダーとの第3弾の共同調査を発表。さまざまな仮説からデータを照合し、写真の確認なども入念に行った末に、ついに今回、バシロフ名義旅券の保有者の実名を突き止めた。「アナトリー・チェピーガ」というGRUの大佐である。

バシロフ名義旅券の保有者がアナトリー・チェピーガであることを突き止めたべリングキャットの記事