(文:大野ゆり子)
日本人だとわかると、ヨーロッパの街で見ず知らずの人が話しかけてくることがある。昔だったらホンダ、トヨタや日産の車に乗っている、という話ばかりだったのに、最近、ハルキ・ムラカミ、ヨーコ・オガワ、ドリアン・スケガワなど、日本の小説の話をされることが、決して稀ではなくなった。
しかもそうした日本文学の読み手は、とくに日本語学科を出たとか日本文化専攻という人々ではなく、たまたまフライトで隣り合わせたり、カフェでコーヒーをサーブしてくれたり、スーパーのレジ待ちで並んでいたりする、ごく普通の「本好き」である。卓越した翻訳者の橋渡しで、文化的バックグラウンドの異なる本好きと、日本の小説世界を共有できるのは楽しい。
そんな「日本発の小説」に、この5月、原田マハ氏の『楽園のカンヴァス』(新潮社)のフランス語版『La Toile du paradis』(Picquier社)が加わった。
所蔵するルソーの絵は本物か?
簡単にあらすじをご紹介すると、物語の中心にあるのは、スイス・バーゼルに住む伝説のコレクター、バイラー氏が所蔵するルソー最晩年の作品と思われる1枚の絵である。バイラー氏がこよなく愛するこの作品は代表作『夢』にそっくりだが、はたして「本物」なのか。その真贋を判定するため、バイラー氏は2人のルソー研究者をバーゼルで競わせる。勝負に招かれたのは、国際美術史学会で注目を集める新進気鋭のルソー研究者、早川織絵と、ルソーを研究するMoMA(ニューヨーク近代美術館)のアシスタントキュレーター、ティム・ブラウン。判定までに与えられた時間は、たったの1週間。しかも調査の条件として、赤茶けた皮の表紙の古書を1日1章ずつ読む、という実に奇妙な課題も与えられ――。
◎新潮社フォーサイトの関連記事
・「スペイン新首相」は膠着「カタルーニャ問題」に風穴を開けられるか
・「プチデモン逮捕」で先が見えないカタルーニャ「自治復権」
・カタルーニャ「独立」を戦う「諧謔」という武器