「日米両国は北に最大限の圧力を加えていくことで完全に一致した」

 昨年(2017年)4月、トランプが日本を初めて訪れた際、安倍・トランプの両首脳が記者団を前に語った合意である。だが、シンガポール会談を前に、日米の首脳は対北宥和路線へ大きく舵を切ったのである。 

「日朝平壌宣言」の内実

 小泉純一郎内閣の官房副長官として、安倍晋三も関与した「日朝平壌宣言」こそ、いまの安倍政権が「圧力」から「宥和」へと転じる大義名分になりつつある。そして、その拠り所こそが「平壌宣言」であり、ニッポンは北の「打ち出の小槌」になるのだろう。

 トランプはセントーサ島のホテル・カペラで、金正恩に次のように語りかけたという。

「アメリカとしては、完全な非核化が実現されれば経済制裁は解除するつもりだ。だが、本格的な経済支援を受けたいと考えるなら、日本と協議するしかないだろう」

 同時にトランプは、その日本とは直接会談して拉致問題を解決しない限りは、経済支援に応じないだろうとくぎを刺すことを忘れなかった。「拉致問題は解決済み」と強硬な姿勢を崩してこなかった北朝鮮は依然明確な反応を示さなかった模様だが、トランプの説得はそれなりの効果を上げたとみていい。

 今後の日朝交渉の出発点とされる「日朝平壌宣言」とはいかなるものだったのか、いま一度検証してみよう。2002年9月、当時の首相、小泉純一郎は電撃的に平壌を訪れ、当時の国防委員長、金正日と会談して、「日朝平壌宣言」に署名した。

「双方は、核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した。朝鮮民主主義人民共和国側は、この宣言の精神に従い、ミサイル発射のモラトリアムを2003年以降もさらに延長していく意向を表明した」

 その後、北の核・ミサイルの開発・実験が日本やアメリカを射程に入れるまで進んだ事態を考えれば、この「日朝平壌宣言」なる文書が、どれほど脆弱で落とし穴だらけのシロモノだったか明らかだろう。筆者は後知恵でそう指摘しているのではない。ワシントン特派員として孤立無援でそう指摘した。現に日本の最優先の課題だった「拉致」の文言はどこにも盛り込まれなかった。北朝鮮が宣言へ書き込みに強く抗ったからだ。加えて、核・ミサイル問題も解決を図る必要に触れたに過ぎない。ミサイル発射も当分見合わせるという曖昧な表現にとどまっている。しかも、すべてはやがて反故にされてしまった。

「平壌宣言」の原作者は誰か

 かかる杜撰な外交文書がなぜ紡がれたのだろうか。戦後日本外交の汚点となるこの文書は特異な交渉の過程で秘密裏に編まれたものだった。小泉純一郎の電撃的な平壌訪問は、北朝鮮のトップに連なる「ミスターX」とアジア大洋州局長、田中均の間で密かに進められた。

 常ならこのような重要な交渉と文書の取りまとめは、地域局だけでなく、条約当局が隅々まで目を通して、国際法の観点や従来の政府見解と齟齬がないか、徹底した検証が重ねられる。条約官僚こそ「日本外交のゴールキーパー」だからだ。

 だが、この時は、交渉から条約官僚は排除され、交渉の記録も肝心な部分は文書として外務省に残されていない。電撃的訪朝と拉致被害者の一時帰国が優先され、このような共同宣言の草案が出来上がってしまったのだ。