大勢の来客用から小人数分へ、煮豆の変化が映す世相

「栄養と料理カード」でたどる昭和レシピ(3)煮豆

2017.12.22(Fri)三保谷 智子

 近年は豆そのものを食べる機会も、家庭で乾物豆から調理することも減った。豆は手間がかかるから、少人数家族で食べる人がいないからと言ってしまえばおしまいだが、「浸水」も「ゆでる」も時間をかければうまく行く。そばに付きっきりになる必要はなく、待っていればよい。私たちはこの“待つ”こと自体が苦手になってしまったようだ。

 そこで思い出すのは昭和30~40年代。東京の家でも練炭火鉢があり、冬は豆をゆでたり煮たりする鍋がかかっていた。豆料理は手間がかかるというよりは、むしろ時間がこしらえてくれる。煮豆は常備菜で、他につくだ煮、漬物が食卓に並んでいた時代だ。

いんげん豆で甘煮1品、大豆で甘くない2品――昭和45年

『栄養と料理』1970(昭和45)年11月号。海外の豆料理が一般に広まるころ。
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 昭和40年代には洋風の豆料理が登場する。1970(昭和45)年11月号は「煮豆三種」。いんげん豆の甘煮と五目豆、チリコンカンだ。

 いんげん豆は種類が多く、白いんげん豆、金時豆、レッドキドニー、うずら豆など、これらは大豆に比べてゆで時間が短くてやわらかくなる。

 チリコンカンはメキシコ料理で、現地ではレッドキドニーで作るが、ここでは大豆が使われている。まだトマト缶が一般的でなく、レシピではトマトケチャップで作っている。いまやチリコンカンはパンにもご飯にも合う、学校給食などでも喜ばれる豆料理の1つとなった。ポークビーンズとともに人気メニューの1つとしてレシピを公開する学校もある。

 五目豆は、ころころの豚肉入りでボリュームがある。

 3品ともに材料が6~8人分の表記なのは、いずれも作り置きができる料理だから。同じ手間なら豆1袋(300g)をまとめて調理したほうが効率がよい。ゆでた豆を何種かの料理に展開することもできる。

 余談になるが、私が勤めている香川昇三・綾記念展示室には、1964(昭和39)年のオリンピックメニューのリスト(日本ホテル協会・オリンピック東京大会刊)がある。その中に、ひき肉と豆の煮込みであるチリコンカンや、白いんげん豆のトマト煮であるアメリカ料理のポークビーンズがある。今ではすっかり日本に定着した、アメリカ大陸発祥の甘くない豆料理は、半世紀前の東京オリンピック開催をきっかけに広まっていったのではないかと推察する。

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