筆者が担当した3回のコラム「ネットワークが人生を変える」「ネットワークで読み解く女性ピアニストの人生」「ココ・シャネルに学ぶ『遠距離交際』術」では、社会ネットワークの構造運について論じた。

 今回はココ・シャネルの人脈分析を通じて、自己超越をもたらす彼女のリワイヤリング能力の秘密を探る。途中、多くの詳細情報が説明されるが、これでもココを知るためには最小限の分量なので、事前にご容赦いただきたい。それほど彼女の生涯は豊かなのだ。

図1 ココ・シャネルのネットワーク
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 図1は、ココ20歳の時、大ブルジョワの息子で将校だったエティエンヌ・バルサンと出会ってから、亡命先のスイスで、ドイツ人元将校フォン・ディンクラーゲの姿が67歳の彼女の身辺から消えるまで、半世紀にわたる彼女の人的ネットワークの要約図である。

 8人の愛人を中心に、相手の国籍・民族系別に、各国旗を背景に配置し、男は青で、女は赤で囲ってある。また、太い赤線は愛人を、太い黒線は強い関係を、通常の黒線は普通の関係を、矢印はシャネルへの紹介を表わす。

 ココが、最初から意識的に狙ってこれほど国際色豊かな人間関係を築いたのか、それとも、偶然の所産か、あるいは本能的選択の結果なのか、議論が分かれるかもしれない。だが、1つ言えることは、ココの成功にはメソッドがあり、そこには彼女の傑出したネットワーク能力が関わっていたということだ。本稿では、この点を先回よりも詳細に論じる。

途方もない「遠距離交際」の達人

 人はふつう、身近なところから親しい友人や愛人や配偶者を見出すものだ。例えば、クチュリエ(裁縫師:女性形は「クチュリエ-ル」だが以下略)なら服装業界から、営業マンなら職場や取引先から、学者なら同業者や教え子から、といった具合だ。というのも、多くの場合、人は職場や家庭に縛りつけられているため、別世界の人に出会う機会が少ないからである。そのため、パリやロンドンのような国際都市でも、職場や家族を介した自国民どうしのつきあいが通常である。

 そうした「近所づきあい」は心地よいが、仲間うちでの情報の重複が多く、人生の飛躍にはあまり役立たない。また、近隣者だけで凝り固まると「離れ小島」となり、世間から浮いてしまう可能性もある。

 だが、ココは違う。先回も記したように、途方もない「遠距離交際」の達人なのだ。

 ところで、彼女の数十冊に及ぶ伝記をひっくり返してみても、日曜を嫌う仕事熱心さ、南仏の別荘ラ・ポーザ(休息の意)で客には自由にさせる一方、作家コクトーに「尼さんのようだ」と評されるほど規律正しい性格は窺えても、そこから、図1の彼女の華麗な国際人脈を推し量るのは難しい。

 にもかかわらず、図1は、ココの愛人すべてがクチュリエ界以外の、しかも、多くは国籍や民族の異なる「遠距離交際」に由来することを示している。最新のネットワーク理論によれば、こうした事情が、ココを小さな成功に押し留めず、飛躍的な自己超越をもたらし、今日知られるシャネル帝国を可能にしたことが示唆される。