石井 平易に言えば、公益や社会貢献を考えながら、一方で利益を上げていくということです。そして、利益を上げたらそれを自分のものにするのではなく、国や日本経済に還元していくということです。
彼は小さい頃に論語を学びました。その理念を生かして公益を追求するのですが、同時に“そろばん勘定”を大切にしていました。「論語」と「そろばん勘定」は、とても相容れないものに思えるのですが、彼の活動はそれが両立されています。
実はこの考え方こそ、今、多くの企業が取り入れ始めているものではないでしょうか。日本でもCSR(企業の社会的責任)が重視されはじめ、企業が慈善活動や社会事業を行うケースがとても多くなりました。
そして近年は、新たにCSV(共通価値の創造)という考えが企業に広まっています。これは、社会的な課題解決と企業利益の両立を目指す考え方です。まさにそれは、渋沢が提唱した「論語と算盤」の理念と通じ合うところがあるといえるでしょう。
──CSVは比較的新しい言葉ですが、その理念を、すでに戦前の渋沢が実践していたんですね。
石井 そう言ってよいと思います。だからこそ、彼は社会基盤に関連する企業の立ち上げや経営に多く関わり、利益を上げつつも社会へと還元することに成功していったといえます。
加えて面白いのは、数多くの社会貢献をしてきた彼が、社会事業、慈善活動にも“そろばん勘定が必要”だと考えていたことです。「慈善活動も組織的・経済的に行われなくてはならない」と明言していますし、思いつきではなく、持続性のあるものを計画的にやらなければいけないという方針でした。
ですから、彼自身もちろん寄付活動は行っていたのですが、それよりも彼のネットワークを使って、社会事業の組織を設立することに力を注いでいました。それらもすぐに終わるものではなく、継続性を重視したといえます。実際、養育院をはじめ、今も存続している組織が数多くあります。
──だからこそ、今の時代に渋沢栄一の考えを改めて学ぶ必要性があるわけですね。
石井 そうですね。特に「論語と算盤」は、現代の企業活動を考える上で、大切な基礎になり得るものです。そして、この理念の中核に、渋沢の唱えた「道徳経済合一説」があります。
次回は、その考え方を紹介しながら、彼の哲学に迫りたいと思います。