ご飯離れでも、なぜかふりかけ市場は拡大の謎

“ご飯のお供”のたどる道(後篇)

2015.04.17(Fri)漆原 次郎

「ふりかけ業界だけがご飯離れを止められるとは思いません。でも、食べていない人に食べてもらえるようなふりかけを出していけば、市場はこれからも拡大していくと思います」

 こう話すのは、永谷園広報室の松山哲也氏だ。永谷園のふりかけの歴史は戦前にさかのぼれそうだ。食品メーカーになる前身として茶の販売業を手がけていた1939(昭和14)年頃にふりかけを販売し、近隣の人びとに好評を博したという。だが、当時の詳しい記録は残っていない。

永谷園広報室の松山哲也氏。2000年に永谷園に入社。取材対応のほか、会社の歴史に関する調査なども行う。食品メーカーとしての永谷園の設立は1953年だが、その起源は江戸時代の製茶業者で煎茶の普及に功績を残したとされる永谷宗円(1681~1778)にまでさかのぼる

 1953年(昭和28)年に食品メーカーとして創業してから初となるふりかけは1958(昭和33)年発売の「磯のふきよせ」という商品だった。当時、ふりかけによく使われていた魚粉を使わず、見た目もきれいなふりかけに仕上げた。

 社史に載っているふりかけでも50年以上の歴史にはなる。だが、前篇で見たように、日本でふりかけ商品が誕生したのは大正時代。つまり、同社は後発メーカーとも言える。業界シェア2位といういまの地位まで、どのように上ってきたのだろうか。

 昭和30年代や40年代、各メーカーから子供向けのふりかけ商品が多く登場し、売れた。例えば、丸美屋食品の「のりたま」は、テレビアニメ「エイトマン」のシールをおまけに付けて大ヒットした。永谷園も1965(昭和40)年に、プロ野球選手を商品キャラクターに使用し、ビタミンの豊富さを謳った子供向け「ビタフリ」といったふりかけ商品を発売している。1980(昭和55)年には「味ぶし」「鮭っ子」を発売。子供たちに絶大な人気を博したザ・ドリフターズをCMに起用し、ヒットした。1986(昭和61)年には、ファミコン人気を背景にキャラクター商品「スーパーマリオブラザーズふりかけ」も発売している。

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