「ピーマン嫌いはそのままで」のススメ

食べものの好き嫌いの科学(後篇)

2014.07.25(Fri)漆原 次郎

八十島 確かに、辛味は味覚ではありません。痛覚や温感などの侵害的な体性感覚刺激です。

 唐辛子などに含まれるカプサイシンの痛覚を刺激する情報に対して、脳は、いわば「痛覚が来たぞ」と感知して、痛覚を抑えようとオピオイド物質という“脳内麻薬”を出すのです。「辛いものを食べ、結果としてオピオイド物質が出る」という経験を繰り返していくと、オピオイドが脳内で快の感情や気分を増やしていきます。そのため、「(オピオイド物質による)多幸感・快情動などの報酬作用を得るために、辛いものを食べたい」という状態になります。そして、辛いものを実際に食べると、報酬が得られるので、その報酬によって辛いものを食べるという行動が強化されるのです。

 こうしたことを繰り返していくと、辛いものがおいしく感じるようになる学習が起きるのだと考えられます。

 この学習のように、行動を強化して、それが生じる頻度が増えることを「強化学習」と言います。強化学習の他の例が「ランナーズハイ」です。走っていて体が苦しくなると、苦しみを緩和するための脳内麻薬が分泌され、逆に快の気分になります。その快情動を得るためにあえて走るのです。

 辛味についてもこれと同様のことが起きているわけです。辛味は痛覚であり侵害的ですので生体的にはよくないのですが、それをあえて摂るとオピオイドによる報酬作用が「また食べたくなる」という動機づけを強化し、その摂食が増えるのです。知覚の面では辛くて侵害的であっても、情動(感情)的に欲しくなってしまうのです。

――食べものを好きになりすぎると「やみつき」や「依存」といった状態になると言われています。これらの状態をどう捉えたらよいでしょうか?

八十島 「やみつき」というと、「やみつきになるほどのおいしさ」といった意味で、おいしさの価値がとても高いことを表している側面もあるように思えます。一方「依存」となると、「自分としては好き好んでいるわけではないのだが、どうしても食べずにはいられない」といった意味で、病的であることを表しているように思えます。

 もちろん、オーバーラップする意味合いはあるとは思います。私の実験でも、元来、好きな味のものは依存に似た行動をつくり出していくことを確認しています。おいしさは「やみつき」にも「依存」にも共通に必要なものなのでしょう。

 食べものを“おいしく”感じることと、それを多量に食べることとの関係はよく吟味する必要があります。例えば、とても“おいしい”ものを食べるときに、それが生み出す報酬価値に満足できれば、多量な摂取はしないでも済むはずです。しかし、“おいしい”ものであっても、それが脳内で生み出す報酬作用が以前より少なくなっていれば、その不足分を補うためにそれを多く摂取しなければ満足できなくなります。

この連載記事のバックナンバー
トップページへ戻る