そういうTTIPのメリットは、米国人だけではなく、ドイツ人のTTIP推進者も唱えている。経済成長という誘惑は、確かに産業界にとっては大きな魅力でもある。安い遺伝子トウモロコシや塩素鶏は、売っていても、いやなら買わなければいいのだという理屈も成り立つ。

 ただ、ドイツ人は、TTIPによって、食品だけではなく、工業製品も薬品も労働基準も、すべての安全規制が緩くなることを懸念している。

 そのうえ、水道や学校や放送局などという、ドイツ人が公共の手に保ってきた分野を、米国人が民営化するのではないかと、疑心暗鬼にもなっている。つまり、日本人がTPPについて心配している内容と酷似している。

 先月、ドイツでアンケートをしたところ、米国とEUの製品やサービスについての基準統一については、米国人は76%が賛成、ドイツ人は45%だった。ところが、食品の管理基準となると、米国のスタンダードを信用しているドイツ人はたったの2%しかいない。

 最近は、米国が国を挙げてドイツの情報を盗んでいるということも明らかになり始めたので、とにかく米国の信用は地に落ちている。

TTIPをめぐる議論をガラス張りにするだけで問題は解決するのか?

 米国人はそこらへんがよく理解できないらしく、EUの他の国が反対するならともかく、ドイツという輸出大国がTTIPに反対するのを訝しく思っているらしい。国民の税金を一銭も使わずに、経済成長が図れれば、政府にとってもこれほど有難い話はないだろうと。

 EUと米国の間の交易は、すでに今、毎日20億ユーロで、ほとんどの製品に5%から7%の関税が掛かっている。TTIPで関税がなくなれば、輸出額の多いドイツは、確かに一番多くの利益を得るはずだ。

 しかしドイツとしては、そう言われると、また他のEUの加盟国からドイツの独り勝ちと叩かれそうで、ますますTTIPを進めにくくなるという事情もあるのではないか。

 経済と雇用に素晴らしい効果を及ぼすというのは、輸出する物を持つ国の話だ。つまり、ドイツは良くても、競争力のない他のEU国に米国から安い製品が流れ込めば、そうでなくても回っていない国内の産業が、さらに圧迫されることは目に見えている。EU内部の意見調整は大変むずかしい。