アジアでの“隠れた飢餓”のまん延により、食料の栄養価向上という課題に注目が集まっている。その対応策として、企業は生物学的栄養強化や食品栄養強化に向けた取り組みを進めている。
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栄養不足がもたらす経済的・社会的なコストは、アジア諸国できわめて高いレベルまで増加を続けている。栄養不良や栄養不足の状態にある子供の割合が地域内で最も多い南・東南アジア諸国の状況はとりわけ深刻だ(詳細については図8を参照)。
栄養強化プログラムの世界的な展開には、118億米ドルが必要だといわれているが、南アジアだけでもその半分(59億米ドル)が必要だ。東アジアと太平洋地域では、11億米ドルが必要とされている*21。
また発展途上国は、栄養不足のまん延によってGDPの2~3%を失うとする試算もある*22。では現在、どういった対策が最も大きな効果を上げているのだろうか? アジアで栄養不足が拡大しつつある今、そうした対策を進める最善の方法とは?
数十年にわたる研究やプログラムを通じたノウハウ蓄積の結果、栄養不足の問題に効果的対応を行うための必要条件が広く理解されるようになっている。例えば、妊娠中の女性や乳幼児の栄養確保はきわめて重要な課題だ。
また食料の質と同様に、栄養の質の重要性に対する認識も高まりつつある。“隠れた栄養不足”として知られる微量栄養素欠乏(MNM)は、カロリー摂取量が十分あるいは過剰な場合にも発生する恐れがある。栄養が食料安全保障という問題の中でも不可欠な要素であるという考え方は、現在広く受け入れられている。特に受胎から2歳児に成長するまでの1000日間*23の栄養状態は、子供の認知発達に大きな影響を与える。
こうした現状を受け、MNMに悩む人々に微量栄養素を供給する新たなチャンネルとして期待されているのが、食品の栄養強化という分野でのイノベーションだ。
GAINシンガポールでディレクターを務める Regina Moench-Pfanner 氏によると、栄養価の高い食生活が貧困層にとって非常に高価な東南アジアでは、食品の栄養強化から大きな効果が見込めるという。MNMの拡大に直面するフィリピン政府は、2000年に the Philippine Food FortificationAct of 2000(食品栄養強化法)を施行し、小麦粉などの主食に含まれる微量栄養素の強化を義務づけた。
同国科学技術省の Food and Nutrition ResearchInstitute(食品栄養研究所)でディレクターを務める Mario Capanzana 氏は、「全体として、食品会社の対応は良好だ。米・小麦粉・食用油をはじめとする主要な食品で、幅広く栄養強化が行われている」と語っている。
栄養強化への取り組み
インド政府は、包括的な食料安全保障プログラムの一環として、栄養強化穀物の開発を目的とした実験プロジェクトに4000万米ドルの予算を投じている。プロテイン強化トウモロコシ、亜鉛強化小麦、鉄分強化キビ(ヒンディー語では bajraと呼ばれる)などは特に有望な作物だ*24。
The HarvestPlus(ハーベスト・プラス)と共同で the International CropResearch Institute for the Semi-Arid Tropics(国際半乾燥熱帯作物研究所=ICRISAT)が開発した鉄分強化キビは、国内で種の供給を手がけるNirmalSeedsをはじめとする民間企業の大きな関心を集めている。
*21=“Scaling Up Nutrition: What Will It Cost?” Horton, Susan, Meera Shekar, Christine MacDonald, Ajay Mahal, and Jana Krystene Brooks, World Bank, 2010.栄養介入の累積単位コストと、栄養強化を主眼としたプログラムの徹底のために発生するコストの合計。
*22=“Repositioning Nutrition As Central to Development”, International Bank for Reconstruction and Development (IBRD), World Bank, 2006.
*23=Series on Maternal and Child Undernutrition, The Lancet, January 16th 2008.
*24=“India to improve nutrition with biofortified crops.”SciDevNet, March 18th 2013.