中国は現状維持勢力だろうか、現状変更勢力だろうか。
A status quo power か、それとも a revisionist power か――。
この議論が再び流行っている。たまたま12月の上旬、台北とストックホルムで中国を主題とするカンファランス*1に続けて出た際、その様子に接した。
同じ趣旨の論争は、5年ほど前に一度流行をみた。
中国共産党現執行部が自国の台頭を「和平崛起(くっき)」である、すなわち a peaceful rise だと喧伝し始めたのが、2003年ごろ。当時これを額面通り受け取るべきかに関し、多くの論説が現れた。
中国の「いいとこ取り」
けれども学者たちの間ならともかく、一般に、中国が「ステータス・クオ・パワー」か、「リビジョニスト・パワー」かと問うことに、さほどの意味はない。
なぜなら中国の行動様式とは、同様の場面で多くの国がそうするだろうように、必要と便宜に応じ、両者を使い分ける「いいとこ取り」だからである。
ストックホルムで出会ったインド人評論家のブラーマ・チェラニー(Brahma Chellaney)が書くブログは、中国を論じて舌鋒鋭く、面白い。その最近のエントリー「The Big Challenge China Poses」が同じ指摘をしていた。
すなわち中国は、既存の現状(status quo)が国連安全保障理事会でのように自国を特権的に利す場合、現状維持勢力(a status quo power)として、日本やインドの新規参入を阻もうとする。
反対に、自国の影響が満足に及ばず、日本など先行国が先に足場を築いている制度・秩序に対しては、中国は現状変更勢力(a revisionist power)として現れる。端的に言うと邪魔立てし、無意味化しようとする。
対中依存心理が、対中警戒感に
この点、中国側に5年前と今とで特段の変化はない。変わったのは西側世論の側である。
突然襲来した大不況のパニック心理に煽られ、最終需要創出者としての役割を中国に期待する類の、対中依存心理の登場である。
期待の裏には、警戒が伴う。
――西側がこけて、中国が伸びる。そこに中国は敵失の好機を見、いよいよリビジョニストとして本領を発揮するに相違ない。欧州や米国が自己都合で発展させた制度・秩序に対し、修正要求をしてくるに違いないと案じる警戒意識である。
そんな西側世論の高まりが、5年前の議論に新しい光を当てた。
*1=台北のものはThe Brookings Institution主催、ストックホルムのものはThe German Marshall Fundとスウェーデン外務省の共催