ある知人の会社社長から、「バングラデシュの水ビジネスを始めたい、それに当たって、事業部長をやっていただけないか?」という依頼を受けた。

 半導体や電機産業で優に10万人を超えるであろう失業者が出るご時世で、「事業部長のオファーとは羨ましい限りじゃないか」と思われるかもしれない。

 しかし結果から言うと、私はこの話をお断りした。

 本稿では、まず、この経緯をお話ししたい。その中で、この会社社長の「新市場創造」に関する認識は甘いと言わざるを得ないことを指摘し、それが日本半導体、電機産業、およびインテルにも共通する現象であることを論じる。

水であふれる国、バングラデシュ

 迷った時の私の拠り所は、「それは世界平和のためになるか?」ということである。そして、それも分からない場合は、「まずやってみよう」と飛び込んでみることが多い。

 それなのに、なぜ、私は依頼を断ったのか?

 まず、バングラデシュはどこにあるのか? どんな国なのか? それを知らなければ話にならないと思い、アマゾンでバングラデシュ関係の本を4冊ほど買って読んでみた。

図1 バングラデシュはどこにあるのか
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 バングラデシュの国土が、西と北はインド、東はミャンマーと接しているということを初めて知った(図1)。そして、国のど真ん中を3本の大河が流れ、ベンガル湾に注ぎ込んでいることが分かった。

 ここがまず大問題だ。気候は熱帯モンスーンで、6~10月の雨季には、3本の大河が増水・氾濫し、しばしば洪水を起こす。洪水のピーク時には、何と国土の2割が水没する! つまり、バングラデシュには水が豊富にある。しかも溢れんばかりに! それなのに水ビジネスとはどういうことか?

 それは、そもそもバングラデシュの水はヒ素で汚染されている場合が多く、洪水になった場合はヒ素で汚染された水で国土が浸水するのである。だから、汚染水を浄化する水ビジネスをやらないかと持ちかけられたわけだ。

 「なんだ、世界平和のためになるじゃないか。にもかかわらず、お前は断ったのか?」と非難されそうだ。その理由を説明せねばなるまい。

バングラデシュの人口と経済

 バングラデシュの国土は14万7570平方キロメートル。日本の約40%、本州の約60%に相当する。その中に、日本より多い1億6000万人の人が住んでいる。国別人口では7番目。国別人口密度では、1平方キロメートル当たり1127人と世界6位であり、日本の約3倍の過密さである。

図2 国別の人口密度ランキング(数字は1平方キロメートルあたりの人口密度)、出所:IMF_ World Economic Outlook Databases (2012年10月版)