言わずと知れた「世界一の職人」、岡野雅行氏。携帯電話の小型化を可能にしたリチウムイオン電池用小型ケース。蚊の針と同じ太さの “痛くない” 注射針──。岡野氏は、こうした世界初の製品を次々に開発し、下町の小さなプレス会社「岡野工業」の名を世界にとどろかせた。

 岡野工業にとって現在の不況はどこ吹く風である。「こんな形は作れないか」「こんな加工はできないか」と、日夜、大手メーカーが押しかけてくる。岡野氏はこう話す。 「みんなができないことをやるからうちの存在価値があるんだよ。世の中は不景気だけど、うちは今、全然不景気じゃないもん。もう手一杯だから勘弁してくれって、仕事を断ってるんだ」

職人だって自己主張すべき

人生は勉強より「世渡り力」だ!』岡野 雅行著、青春出版社、750円(税別)

 岡野工業と他の町工場を分け隔てる決定的な違いは何か。その答えのヒントが本書『人生は勉強より「世渡り力」だ』にはある。岡野氏は本書で、自らが信条としてきた独特の人生哲学、仕事術を綴っている。

 「職人」と聞くと、誰もが思い浮かべるイメージがある。まず、決してムダ口を叩かない。「口数が多い奴なんて信じられるか」とばかりに、黙々と自らの仕事に打ち込む。そして、頼れるのは自らの腕一本。「職人は腕がすべて」と信じている。発注者との駆け引きなんてもってのほかである。

 しかし、岡野氏は本書でこう言ってのける。 <どんなにいい腕を持っていても、それだけじゃダメ。「世渡り力」がなきゃ、仕事も人生もゼッタイうまくいかないよ>

 ここで言う世渡り力とは何か。それは、仕事の選び方、情報収集力、コミュニケーション力、交渉力、サバイバル力など、「腕」以外の様々な知恵や能力を総合したものだと言うことができる。

 岡野氏のプレスの腕はもちろん超一流だ。だがそれ以外の、およそ一般的な “職人” らしからぬ「世渡り力」が岡野氏の真骨頂である。例えば岡野氏はいったん口を開くと、べらんめえ口調で機関銃のようにしゃべりまくる。

 「だいたい日本人はしゃべるのが下手なんだよ。あんまりしゃべり過ぎると、あいつはいい加減なやつだなんて思われちゃうだろう。違うんだよ。しゃべんなきゃ分かんないだろ。もっと自己主張しなきゃダメなんだよ」

 本書でも、しゃべることの効能を次のように唱えている。<技術の説明ひとつするんだって、ヘタなしゃべりじゃ、まどろっこしくて聞いてられない。相手に合わせてポイントをかいつまんで、ちゃちゃっと説明するから、「こいつは使える!」ってことになるんだよ>