ブータンは心の豊かさを示す指標である「GNH(Gross National Happiness:国民総幸福量)」の増大を国是に掲げたユニークな国づくりで知られる。
山岳地帯では牧畜が行われ、谷間の地では棚田を利用したコメづくりが行われている。放牧により生産された干し肉やチーズが、盆地で栽培されたコメと交換される。長い間、そんな物々交換経済が成り立ってきた。
そんなブータンのコメ作りを飛躍的に発展させた日本人がいる。西岡京治氏(1933~92年)だ。
彼は1964年にJICA(国際協力機構)の前進である海外技術協力事業団が行う援助の一環としてブータンに渡っている。彼はブータンの習慣や国情を深く理解した上で、日本の農業技術を移植した。ブータンの人々の生活に溶け込み、真摯な態度で多くの人々を指導した。現在、国際空港のあるパロの近郊に広がる棚田は、彼の指導によって作られたものである。
現在の国王の父君である第4代国王は西岡氏の業績を高く評価し、民間人としては最高の爵位である「ダショー」を彼に贈った。これまでにダショーを授けられた外国人は彼一人である。
西岡氏は59歳の時にブータンの地で病に倒れたが、その際、ブータンは国葬をもって彼を送った。それほどまでに現地の人々からの信頼が厚かったのである。お金を渡すだけの形骸化した国際協力が問題視されることが多い中で、西岡氏の業績は特筆に値しよう。
ブータンはなぜGNHを掲げられるのか
そんなブータンの近況について書いてみたい。
前回のコラム「あのブータンも抗えない『近代化』の魔力」で記したように、現在、ブータンにも近代化の波が押し寄せている。ブータンの経済発展の原動力は売電と観光だ。山岳の落差を利用した水力発電により電気を作り、それをインドに売っている。
経済成長が著しいインドでは慢性的に電力が不足しているが、そのインドは自らお金を出してブータンに水力発電所を建設し、そこで作られる電力を買い取っている。この売電により得られる収入で、ブータンは国民の教育費や医療費を無料にしている。
それが可能なのは、ブータンの人口が70万人しかないためでもある。同じ山岳地帯に位置するネパールの人口が3000万人にもなることに比べると、ブータンの人口は驚異的に少ない。それは、世界でも最も高い山岳地帯に位置しているためだろう。