1760年代に英国で起こった産業革命は、私たちの社会や経済のあり方を大きく変えた。

 人口は飛躍的に増大し、都市化が進んだ。働く場所は、小規模の家内制手工業から大規模の工場へと変わった。スキルの形成も、それまでの徒弟制を中心とした熟練形成から、より標準化が進んだものへと大きく変化した。

 大企業が誕生し、人々の分業をデザインするマネジメントが考えられるようになった。飛行機や自動車、電話やコンピューターなど、私たちの生活を大きく変えるような新しい技術が次々と生み出されるようになった。

 それまでは、人口や資本の増加が経済成長の主たる源泉であったが、産業革命以降は、技術や組織の革新による生産性の上昇が飛躍的に重要になっていった。

 大きな歴史の流れの中で考えると、今でも私たちは産業革命の中にいるとも言える。

英国で産業革命が起きたのは単なる偶然か

 産業革命の最初の技術革新は、1733年にジョン・ケイが発明した「飛び杼(とびひ)」であると言われている。この発明によって、織布を作る際、縦糸に横糸を通す作業が簡略化され、織布の生産性はおよそ3倍に高まった。

 しかし、このケイの発明だけで終わっていては、産業革命とは言えなかったであろう。重要なのは、この後、様々な技術革新が波のように押し寄せた点である。

 ハーグリーブスが「ジェニー紡績機」を、アークライトが「水力紡績機」を発明した。これらによって工場での大量生産が可能となった。クロンプトンの「ミュール紡績機」によって細くて丈夫な糸が作れるようになった。

 石炭採掘の排水をくみ上げるために、ニューコメンは蒸気機関を利用した。ワットはエネルギーをピストン運動から円運動へ転換させて、蒸気機関を改良した。その結果、動力源として様々なところで利用できるようになった。蒸気船や蒸気機関車もすぐに生み出された。イノベーションがイノベーションを呼んだのである。

 それでは、なぜ英国で最初に産業革命は起こったのだろう。