前金融庁長官 五味広文氏
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証券大手リーマン・ブラザーズの破綻を看過したブッシュ政権が一転して、保険最大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)を公的救済した。これは、CDS市場で主役を務める同社が決済不能になれば、国際金融界がパニックに陥る最悪の事態を恐れたからだろう。
住友生命保険の横山進一会長は「AIGの保険料収入は安定しており、膨大な利益を上げていた。しかし、安定的ではダメなのだろう。株価を上げないと、経営者の報酬が上がらないから。右肩上がりで収益を増やすにはレバレッジを効かせなくてはならず、CDSというとんでもないリスクを負い、デリバティブ販売会社になってしまった」と指摘する。そして、役員報酬を株価に連動させてきたウォール街を、「株主至上主義に名を借りた経営トップ至上主義」と批判している。
「満塁」のチャンス生かすには
金融バブルが崩壊し、マネーの流れは急激に収縮を始めた。中国経済は減速感を強め、我が世の春を謳歌していた中東やロシアなども原油反落に怯えだした。もはやウォール街が「最後の貸し手」を頼めるのは、日本の金融機関だけだ。三菱UFJフィナンシャル・グループは米証券第2位モルガン・スタンレーへの最大21%(約90億ドル=約9500億円)出資を決定。一方、野村ホールディングスはリーマンのアジア部門のほか、雇用維持が条件ながら欧州・中東部門も2ドル(約210円)で買収する。
邦銀はバブル崩壊後、「失われた10年」で血を流したものの、大半が生き残りに成功し、自己資本も積み上がった。しかし、羹(あつもの)に懲り過ぎてしまい、リスクテイク能力が極端に低下した。例えば、日本市場のCDS残高は、世界全体の2%にも満たない。また、人口減少社会の到来で国内業務がジリ貧のため、「国際化」の看板を掲げたが、スローガンの域を脱していなかった。
米国の「敵失」で溜めたランナーとはいえ、邦銀は「満塁」で打席を迎えたと言ってよい。ブッシュ政権とのパイプが太い、財務省の元高官は「数十年ぶりにチャンスが回ってきた。米政府は日本の金融機関復活を本気で望んでいる」と明かす。
六本木ヒルズにあるリーマン・ブラザーズ証券
五味氏も「『時代遅れ』と揶揄(やゆ)されていた邦銀の健全な経営体質が、逆に評価される時代を迎えた。投資銀行の高度な金融技術、それを担っていた人材にアクセスできるのは、大変な強みだ」と指摘する。そのうえで、「邦銀の伝統的な堅実経営とどう融合するかが課題。『和魂洋才』に成功すれば、海外勢が容易に崩せない磐石の金融機関になる」と予測している。
換言すれば、中途半端な「和洋折衷」では巨額投資も実を結ばない。日本の金融機関トップや政府・日銀には、サブプライム後の国際金融界をリードする気概と、パラダイム変革に対する構想力が求められている。