(英エコノミスト誌 2024年11月16日号)

TumisuによるPixabayからの画像

マスクは火星人で、欧州は金星人だ。

 政治家と企業経営者の間には政略的な友好関係が結ばれるのが普通だ。

 政治屋は投資や選挙資金の寄付を期待して経営者を寛大に扱う一方、経営者は政治家が権限を握っている助成金や許認可を獲得したいと考えて口を慎む。

 そのため、両者が時折、直接やり合う光景は非常に新鮮に見える。

 最近で言えば、イーロン・マスク氏と欧州の政治家たちの口論ほど広く知られたものはないだろう。

 対決の舞台は、マスク氏が2年前に買収するまで「ツイッター」として知られていた交流サイト(SNS)の「X」であることが多い。

 つい先日には、電気自動車(EV)「テスラ」やロケット「スペースX」を提供するマスク氏が、ドイツのオラフ・ショルツ首相を「愚か者」と呼んだ。

 その前には、マスク氏の邪魔をしようとした欧州連合(EU)欧州委員に「大きく一歩後ろに下がれ。そしたら、てめえのツラにファ○クしな!」と助言していた。

 言われた方も負けてはいない。別の欧州委員は先月、気まぐれなマスク氏に「悪の奨励者」というレッテルを貼った。

 11月9日にはフランス外相がマスク氏の経営のせいでXが墜落したと茶化している。

次期米大統領の右腕になったマスク氏

 こんなやりとりは、平時ならSNSでよく交わされる軽口でしかないだろうが、今はドナルド・トランプ氏が次の米国大統領になる準備をしている最中で、世界一の富豪イーロン・マスク氏がその右腕のテック・ブロ*1だという事実があるなら話は別だ。

*1=テック業界で働く人を指し、特にステレオタイプな男性的文化を揶揄して使われる言葉。

 おかげで欧州は独特な試練に直面している。

 大陸のトップクラスのお偉方はこの南アフリカ生まれの起業家にどれほど腹を立てようとも、その起業家が成功させた事業の数々にすでにかなり依存しているからだ。

 その分野は脱炭素化(テスラのEV)、ウクライナでの戦闘(ウクライナの部隊は衛星インターネットの「スターリンク」を頼りにしている)、重要な人工衛星の打ち上げ(欧州にはそれに必要なロケットがないことが多い)など多岐にわたる。

 もしワシントンにおけるマスク氏の影響力が維持されれば――もっとも手下を使い捨てにしてきたトランプ氏の実績を考えれば、その可能性は小さい――、同氏に規制の網をかけることは政治的に好ましくない行為になるかもしれない。

 するとどうなるのか。

 EUはもう何十年もの間、域内の事業を誰にも邪魔されることなく規制してきた。しかもその方法は世界中で取り入れられることが多かった。

「ブリュッセル効果」として知られる現象だ。

 マスク氏の関心は、欧州の仲間内で大事に育てられたこの超強力な規制当局が「米国を再び偉大にする(MAGA)」運動の前に立ち塞がっていると主張することにある。