(写真はイメージです)

 1986年1月28日、NASAのチャレンジャー号に起きた事故の本当の失敗は、数値に頼りすぎたことだった。見たことのない課題を前にした時、慣れ親しんだツール(道具)を手放すことができなかったために起こった数々の悲劇。専門特化が進んでいる現代に必要なのは、1つのツールにこだわることではなく、幅(レンジ)の広さだという。科学ジャーナリスト、デイビッド・エプスタイン氏の訴えに耳を傾けてみよう。後編/全2回。(JBpress)

(※)本稿は『RANGE(レンジ)知識の「幅」が最強の武器になる』(デイビッド・エプスタイン著、東方雅美訳、日経BP)より一部抜粋・再編集したものです。

(前編)専門家による未来予測が散々な結果になる理由
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59969

 1986年1月27日のフロリダの天気予報では、打ち上げ予定日の28日に異常な寒さが予想されていた。電話会議で、NASAとサイオコールは打ち上げ実行の決定を下す。

 1月28日、Oリング(接続部分を密閉するゴム製のリングで、シャトルの推力を生み出す固体燃料補助ロケットに付いていた。低温によりOリングのゴムが固くなり、密閉する力が弱まった)は固体燃料補助ロケットの接続部分を適切に密閉できず、燃焼ガスが接続部分から外部に噴き出して、チャレンジャー号は爆発した。ミッション開始からわずか73秒後の出来事だった。乗組員7人全員が死亡した。

 チャレンジャー号の事故を調査した大統領調査委員会は、破損が起きなかった飛行を含めて検討していれば、Oリングの損傷と気温との相関関係が明らかになったはずだとまとめた。

 シカゴ大学で組織心理学を教えるある教授は、そのデータが欠けていたのは非常に初歩的なミスで、「(電話会議の)参加者全員の問題だ」と書いた。「低温の中での打ち上げは数値で議論できたはずなのに、そうはならなかった」。教授は、エンジニアの教育が不十分だと断言した。

 社会学者のダイアン・ボーガンの著書『チャレンジャー号打ち上げの意思決定(The Challenger Launch Decision)』は、この悲劇の一般向けの説明としては最も信頼できる本だとNASAが認めた。

 この本には、「驚かされるのは、実は彼らが適切なデータを持っていたことだ」と書かれている。

「(打ち上げを延期したいと思っていたサイオコールのエンジニアたちは)グラフの作成を考えもしなかった。もし作成されていたら、打ち上げ延期の主張を裏づけるのに必要だった、相関関係のデータを示すことができた」