江沢民、胡錦涛の両氏は「軍を懐柔する」ことに腐心、習近平主席が選んだのは違う道

 結論を先に言えば、「よく分からない」となるが、それでも現時点で強引に推察すると、やはり「何か」が起こっている。それはおそらく、人民解放軍内部における激烈な権力闘争ではないか。

 過去を振り返ると、1989年の天安門事件後に政権に就いた江沢民総書記は、初期の頃は最高実力者の鄧小平中央軍事委員会主席らを頼り、その後は、鄧小平氏が託した軍幹部たちを頼った。そして、たびたび軍から突き上げを食らいながらも、(最高位の)上将などのポストを乱発することで懐柔した。

 次の胡錦濤総書記は、江沢民時代の幹部たちは残しつつも、自らの出身母体である「共青団」(中国共産主義青年団)の気脈に通じた幹部たちも登用した。かつ軍人の処遇の大幅な改善(給与アップなど)で懐柔した。

 この両指導者に共通していたのは、「基本的に軍のことは軍に任せる」という姿勢だった。もとより、2人とも国の経済発展に主眼を置いていたので、軍を動員して他国や台湾と戦争する気はなかった。

 そのため、軍の腐敗は分かっていたが、半ば黙認していた。換言すれば、政権と軍とが「阿吽(あうん)の呼吸」で均衡を保っていたのである。

 ところが、2012年に中央軍事委員会主席に就任した習近平総書記は、前任の2人とはまるで違う考えの持ち主だった。

2月3日、ウルグアイのオルシ大統領 と会談し、調印式を見守る中国の習近平主席。張又侠失脚後も精力的に活動している(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 そもそも自分の父親・習仲勲(しゅう・ちゅうくん)元副首相は、武器を取って祖国を解放に導いた「建国の元勲」の1人だという自負がある。本人も、1979年に清華大学を卒業後、中央軍事委員会弁公庁で、父親の戦友だった耿飈(こう・ひょう)国防部長(防衛相)の秘書を務めることからキャリアをスタートさせた。