都江堰の中洲(金剛堤) 写真/wizard8492/PIXTA(ピクスタ)
(髙城 千昭:TBS『世界遺産』元ディレクター・プロデューサー)
古代中国の3大土木事業と世界遺産
「中国4000年の歴史」とは、インスタントラーメン中華三昧のCMでキャッチコピーとして人口に膾炙したに過ぎないのだが、現実でも黄河流域で発掘された“二里頭(にりとう)文化”が最古の夏王朝(紀元前2070~1600年頃)ではないかと考える説があり、神話や伝説に科学的な実証が少しずつ近づいてきた。
「ローマは1日にして成らず」の格言のごとく、中華帝国もまた多元的な文化が交雑することで生まれたのだ。そんな古代の3大土木事業と呼ばれるのが、「万里の長城」「京杭大運河(けいこうだいうんが)」「都江堰(とこうえん)」ですべて世界遺産になっている。
紀元前3世紀に秦の始皇帝が、それまでの趙・燕など諸国が築いた防壁をつないで、モンゴル高原で暮らす騎馬遊牧民・匈奴に備える「万里の長城」の原型をつくりあげた。これにより中国北方の“国の形”ができあがった。
「京杭大運河」は紀元7世紀、隋の煬帝によって完成した、北京と杭州をむすぶ全長1800kmにおよぶ人工の“水の道”である。黄河と長江がつながり、米や塩、鉄など経済を支えていた江南地域の物資を、政治を司っていた華北に大量に運べるようになった。以後、唐をはじめ歴代王朝がこの運河によって国を統治しただけでなく、改修工事がなされ、現在も2000t級の船が通航できる大動脈になっている。
今回紹介する世界遺産「青城山(せいじょうさん)と都江堰水利施設」(登録2000年、文化遺産)は、3大土木事業の中でもっとも古く、秦の始皇帝による中国初の統一をバックアップする力となった治水・利水のための灌漑施設と、後漢時代(2世紀)に道教が生まれる修行の場になった青城山が合わさって、ひとつの世界遺産になったものだ。
けれど2件の資産は、四川省のわずか15kmしか離れていない山と川にあるというだけで、時代も目的もまったく異なり関連性はない。ただ唯一交わるのは、中国で古来重んじられてきた「天人合一」の思想に基づいていることだろう。
青城山の峰に建つ老子を祀る道教の楼閣・老君閣 写真/lzf/PIXTA(ピクスタ)
自然と人間はそもそも一体であり、宇宙の法則(タオ)に則って生きるべきだとする考え方。これに従い、急流を堰き止めるのでなく、水流を自然の理を活かしコントロールしたのが都江堰で、欲や知を遠ざけ身体に気をめぐらせ仙人の境地を目指したのが、老子の思想を根本とする道教である。青城山には38もの道観(道教の寺院)が点在していて、道士がそれぞれ修行に励む。パンダの故郷である山がちな内陸部で、中国文化の底に流れつづける老子の言葉=タオが目に見える形になり、ここにある。
