ドラマでは描かれなかった葵小僧の「信じがたい供述」

 もっと罰せられる悪党は他にいるのではないか――。

 蔦重と京伝が罰せられる姿をみて、そんなふうに思った視聴者もいたことだろう。事実、とんでもない悪党がこのときに暗躍していた。

 前回放送では、江戸の犯罪を取り締まる火付盗賊改役の長谷川平蔵が、老中の松平定信から命じられて、近代的刑務所のもととなる「人足寄場(にんそくよせば)」の創設に動き出す様子が描かれた。

(過去記事「大河『べらぼう』目立ちたがり屋?シゴデキ男?評価が分かれる長谷川平蔵、人足寄場を作るためにとった大胆な行動」参照)

 今回の放送でも、平蔵には見せ場があり、街にはびこる深刻な犯罪行為を、定信にいち早く報告している。

平蔵「ここのところ〈葵小僧(あおいこぞう)〉と呼ばれる一党が市中を荒らし回っておりまして」
定信「葵小僧?」
平蔵「先の上様のご落胤を名乗る賊でございます」

 この「葵小僧」とは実在する盗賊で、徳川家の葵の御紋をつけていたことから、のちにその名で呼ばれた。葵の御紋を掲げる行列ならば、どこを通っても咎められることはない。大胆にもそう考えたらしい。1日に何軒もの家に忍び込み、盗みを繰り返した。

 しかも、葵小僧は押し入った家の女性たちに乱暴を働いたという。主人としても妻や娘が被害に遭えば、体面上、訴え出にくい。実際に泣き寝入りするケースが多かった。それも葵小僧の狙いだったのだろう。ドラマでは、その手口を平蔵が説明している。

平蔵「上様と見紛うばかりの行列を仕立て、休ませてほしいと家の戸を開けさせ、強奪はもちろん、必ずその家の妻や娘を辱めていくそうです。あまりに由々しき一件にゆえ、あえて言上に参じました」
定信「ただちに賊どもをとらえて、極刑に処せ!」

 ドラマでは、平蔵らが葵小僧の一味と大立ち回りをして見事に捕えたが、実際も平蔵の活躍が実を結んで、「葵小僧」こと大松五郎を捕縛。寛政3(1791)年5月3日に獄門にされている。

 ドラマでは描かれなかったが、捕まった大松五郎は取り調べ中に、女性への性的暴行を得意げに語ったという。その様子を見て、平蔵はこの自供の裏を取るのは、被害に遭った女性をさらに苦しめると判断。通常のプロセスを経ることなく、捕縛からわずか10日で刑を執行するという素早さで、事件の早期収束を図っている。

 このときに定信の許可のもと、調書もすべて破棄している。女性被害者の心情に寄り添った平蔵のスタンスを、定信も支持したのだろう。頭でっかちで例外を認めないイメージが強い定信だが、傷つけられた犯罪被害者の気持ちを優先して考えるところが実際にはあったようだ。

長谷川平蔵墓供養碑(写真:テラ/PIXTA)

 次回「尽きせぬは欲の泉」では、身上半減の刑を受けながらも、営業を再開した蔦重。執筆依頼のため京伝のもとを訪ねると、京伝の妻から滝沢瑣吉(さきち)の面倒をみてほしいと頼まれる。この瑣吉が、のちに「曲亭馬琴」として名をはせる人物である。

 瑣吉を手代として雇うことになった蔦重だが、瑣吉は勝川春章が連れてきた弟子・勝川春朗とケンカになってしまう。この勝川春朗は、日本で最も有名な浮世絵師「葛飾北斎」だ。

 ついに、曲亭馬琴と葛飾北斎が登場する。見逃せない回となりそうだ。

【参考文献】
『火付盗賊改 鬼と呼ばれた江戸の「特別捜査官」』(高橋義夫著、中公新書)
『「火附盗賊改」の正体──幕府と盗賊の三百年戦争』(丹野顯著、集英社新書)
『新版 蔦屋重三郎 江戸芸術の演出者』(松木寛著、講談社学術文庫)
『蔦屋重三郎』(鈴木俊幸著、平凡社新書)
『蔦屋重三郎 時代を変えた江戸の本屋』(鈴木俊幸監修、平凡社)
「蔦重が育てた「文人墨客」たち」(小沢詠美子監修、小林明著、『歴史人』ABCアーク 2023年12月号)「蔦屋重三郎と35人の文化人 喜多川歌麿」(山本ゆかり監修、『歴史人』ABCアーク 2025年2月号)
『宇下人言・修行録』(松平定信著、松平定光著、岩波文庫)
『松平定信 政治改革に挑んだ老中』(藤田覚著、中公新書)
『松平定信』(高澤憲治著、吉川弘文館)