描いたのは「小自然」
ワイエスがアメリカ人の日常を描いたように、犬塚は何々山という「大自然」ではなく、草原や登山道や森林や草むらや大木といった「小自然」を描いた。
わたしの好きな絵、6点を記しておこう。
(1)「縦走路」(1985)。わたしにとっては、犬塚勉の最高傑作。
開けた風景に、小石が散らばる山道。両脇に草むらが広がり、遠くに山並みが見える。その上に白い雲。
石の欠片や無数の小石がいい。それを犬塚は細密画で描いている。それにしても、陽光が差して明るい。犬塚の孤独な明るさというべきか。
かれは多くの場合、勤務していた学校が夏休みになるひと月で、描き上げたという。すごい集中力だ。この「縦走路」もそう。
(2)「ひぐらしの鳴く」(1984)。60号を横に2枚並べた大作だ。しかし全面、緑。もちろん色調の変化はあり、右方には濃い緑の木。
(3)「梅雨の晴れ間」(1986)。かれの代表作の1つ。緑色の極致。第2回多摩総合美術展入選。
(4)「ブナの森からⅡ」(1988)。まるでワイエスそのものといった筆致。ブナの森に分け入り、ブナの木肌を多く描いている。
(5)暗く深き渓谷の入り口Ⅱ」(1988)。「暗く深き渓谷の入り口Ⅰ」との連作。「Ⅰ」は滝が流れ落ちる手前に巨岩。「Ⅱ」は滝つぼにしずむ3つの巨岩。色調が静かさを醸し出している。この2作は「絶筆」とある。
犬塚勉のノートにこういう言葉が記されている。
「深く生きる、私が深く生き得るのは、自己の芸術をつき詰めてゆくこと、躊躇なく自己のイメージで追及してゆくことを置いて他はない。そして自由に生きること、創作のために、自由自在に生きることである」(1980.9.23)
犬塚勉、30歳のときの言葉である。いかに犬塚という人が、内省的で、人生に真摯な人だったかがわかる。