「墓石撤去業」と化した墓石業
墓石市場は2000年に約4500億円規模だったが、2015年には約2500億円、直近推計では約1700億円と大幅に縮小している。背景には、終活に伴う墓じまい(改葬)、仏壇じまいの過熱がある。墓じまいによって、墓石が売れない時代になり、墓石業は「墓石撤去業」になりつつある。
このように、寺院周辺産業は過渡期を迎えているが、それに比べ、おおもとの寺院の収入は(低水準ではあるものの)、比較的安定的である。例えば、こういうことだ。
確かに墓じまい・檀家離れは加速しているが、一方で墓じまい後の遺骨の「受け皿」として永代供養墓が急速に普及している。先祖の遺骨を寺院境内地の永代供養墓に移し、空いた区画を新たな墓所や納骨スペースとして活用できれば、境内墓地は一定程度、流動化する。永代供養の契約が継続するかぎり、寺院にとってはキャッシュフローの安定化につながる可能性がある。
さらに、死者が増えれば、弔いの機会が増える。地域の寺の多くは檀家組織を抱えており、檀家が死亡すれば葬儀を菩提寺に任せることになる。また、葬儀の後は初七日や四十九日、百箇日、一周忌、三回忌、七回忌、そして三十三回忌あたりまで、定期的に法事を実施するのが日本人の慣習になっている。
この慣習はコロナ禍においては一時、中断したものの回復してきているとみられている。多死時代には、死者数に比例するように法事執行数が増えることになる。
グラフで示したように当面の寺院収入は、総じて横ばいを辿ると考えられる。ただ、都市部の寺院と、地方の寺院とでは状況が大きく異なる。地方寺院は、指標以上にかなり厳しい経営環境にある。
また、先述のように寺院1か寺の平均年収が700万円程度だとしても、この規模では光熱費や設備費、庭園整備費などの経費で多くが消えていくレベルである。寺院を持続的に維持していくには年間1200万~1500万円は必要であろう。つまり、ほとんどの寺院が経営に行き詰まっていると考えられる。
50年先を見通したとき、日本仏教市場はどうなるか。おおむね次の5つのように整理できる。
①死者数は2040年前後まで増え続けるので、葬儀・法要の数は当面減らない。ただ、その頃を境に仏事の執行数は漸減していく。
②家族葬・直葬・永代供養の拡大により、仏事1件あたりの布施単価は下がる。
③僧侶・住職の数は確実に減る(『曹洞宗2045年予測』では、僧侶の総数が今後20年で3割減、正住寺院が3割減)。
④教団本体の財政は横ばいで、現場の寺院の負担は増える。ゆえに教団から離脱して単立寺院化が加速する。
⑤都市と地方都市との寺院間格差が拡大する。つまり、僻地にある寺院はジリ貧になっていく。
ここまで、仏教界の厳しい実情を伝えてきた。だが、高齢化・多死社会によってグリーフ(悲嘆)ケアの必要性は、きっと増していく。つまり「死者のための仏教」にとどまるのではなく、「生きる人のための仏教」を目指すことが仏教界生き残りのカギといえる。
既存の葬祭ビジネスが価格競争の消耗戦に陥るほど、非金銭的な価値は高まっていくだろう。人はいつか死ぬ。死は、いかなる社会・経済状況に関わらず、万人に必ず訪れるのである。そこで、各地の寺院がどう人々に向き合い、生き様・死に様を伝えていくか。数字には見えない、計り知れない価値の余白が残っているのも確かである。
鵜飼秀徳(うかい・ひでのり)
作家・正覚寺住職・大正大学招聘教授
1974年、京都市嵯峨の正覚寺に生まれる。新聞記者・雑誌編集者を経て2018年1月に独立。現在、正覚寺住職を務める傍ら、「宗教と社会」をテーマに取材、執筆を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』『仏教の大東亜戦争』(いずれも文春新書)、『ビジネスに活かす教養としての仏教』(PHP研究所)、『絶滅する「墓」 日本の知られざる弔い』(NHK出版新書)、『ニッポン珍供養』(集英社インターナショナル)など多数。大正大学招聘教授、東京農業大学非常勤講師、佛教大学非常勤講師、一般社団法人「良いお寺研究会」代表理事。公益財団法人日本宗教連盟、公益財団法人全日本仏教会などで有識者委員を務める。