「なんか飛んでいった」1000万円
スーパーの手取りは健康保険や厚生年金を差し引いて月14万円。月7万円の住宅ローンは72歳までかかる。しかも、Iさんの妻は数年前から難病にかかっていて、その心配もある。頼みの退職金は、あっという間になくなったという。
「この3年ほどで1000万円なくなりましたね。妻の医療費?いや、そういうわけでもなくて、本当になんか飛んでいきました。大きな出費と言えば、家のリフォームくらいですが、なーんか飛んでいきました」
Iさんは破れかぶれに言った。長年勤めた会社を退職した後、1000万円ほどをいつの間にか使い切ったという話はよく聞く。収入の激減に伴い、生活レベルを落とせないことが原因になっているのだろう。Iさんは現在ある400万円の貯金がなくなったら、確定拠出年金2000万円の受給を開始するつもりだという。
「今思えば早期退職せずに、もとの会社で我慢していればよかったかな……」
Iさんはボソリとつぶやいた。
企業が中高年を対象に開く「セカンドステージ・キャリア講座」では、退職後のキャリア形成を早めに始めよということを盛んに伝えるという。
実際に多くの中高年世代を取材して感じるのは、「何を始めるにせよ、軌道に乗るまでに少なくとも10年はかかる」ということだ。しかしほとんどの日本企業は、社員をその企業色に染め上げることだけを行ってきた。今の中高年は次のステージでの身の振り方がわからないまま、社会に放り出されている。
「自分のキャリアを生かせる正解が、どこかにあるはずだ」と考える中高年は多い。しかし現実には、失敗を恐れずに試行錯誤を繰り返さない限り、答えにはたどり着けないのだろう。
【著者からのお知らせ】
これは「就職氷河期世代の未来予想図Ⅱ」。過酷な現場で働くシニア世代の「今」をリポートする『ルポ過労シニア 「高齢労働者」はなぜ激増したのか』(若月澪子著、朝日新書)Iさんをはじめ、新たなステージで苦闘する21人のシニア労働者の姿をリポートしていますので、よろしければぜひどうぞ。
若月澪子(わかつき・れいこ)
NHKでキャスター、ディレクターとして勤務したのち、結婚退職。出産後に小遣い稼ぎでライターを始める。生涯、非正規労働者。ギグワーカーとしていろんなお仕事体験中。著書に『副業おじさん 傷だらけの俺たちに明日はあるか』(朝日新聞出版)がある。