大都市vs地方の溝は広がるばかり
大都市が全国平均よりもリベラルな考えを持つことは想定しておくべきだ。だが、かつてはギャップが小さく、それゆえ国の結束への脅威にはならなかった。千年紀が変わる頃、この溝が開き始めた。
もしかしたら1990年代に始まった犯罪の減少のおかげで、都市部の有権者は考えが本能的に左に寄る争点を優先できるようになったのかもしれない。
または都市部で移民の数が決定的に重要な水準に達したために、排外的な傾向がある保守派が都市部で発言力を持たなくなったのかもしれない。
いずれにせよ、問題は今、大都市と地方が国民国家をつないでいる縫い目を引き裂くことなく、世界観においてこれほど遠く離れたままでいられるかどうか、だ。
都市部がさらに左傾化するに伴い、保守派は彼らに対して自らを定義するようになり、ひいてはマムダニ旋風のような都市部のカウンタームーブメントを引き起こす。
厄介なのは、双方の主張に正当な根拠があることだ。
保守派はプログレッシブな政治の自然な結果として米国の一部都市のディストピア(反理想郷)的なダウンタウンを引き合いに出せる。
一方、こうした都市は自分たちの市の財政黒字がなぜ、自分たちを「バベルの塔」と見なす遠く離れた地域を補助しなければならないのかと問うかもしれない。
こうした情熱の正当性そのものが、都市部の世界と非都市部の世界の間の溝に持続力があることを物語る。
マムダニがプログレッシブな政治の世界的代名詞に
これは国境で止まる溝ですらない。
ロンドン市長のサディク・カーンは、パームビーチのような有名なロンドン特別区に暮らす「多文化の敵」にとっての基準点になった。
マムダニも今後、プログレッシブな政治というブランド全体の世界的な代名詞になるかもしれない。
自治権を強化したところで問題は解決されない。
都市部と地方の分裂は市長が若く権限がかなり弱い英国のような中央集権化された国だけでなく、連邦制が敷かれている国にも存在する。
歴史的な分裂が都市部vs非都市部ではなく地域vs地域だった国でさえ、都市は際立つ。
トリノとミラノは北イタリアの保守主義の海に浮かぶ中道左派の環礁だ。ベルリンとある程度はライプツィヒも同様に東ドイツに取り残されている。
もしかしたら、これはすべて持続可能なのかもしれない。もしかしたら、筆者は国民感情の強さを甘く見ているのかもしれない。
そうであることを願う。分離した都市共和国の幻想とそうした国が引き起こすありとあらゆる争いよりは、安定した国の現在の心地よさを筆者は望む。
ただ、国民国家というものが、まさにこの手の内部ストレスを過去に経験したことがあるのかどうかと思う。
保守派は常にニューヨークのジュリアーニやロサンゼルスのリチャード・リオーダンのような人物を目にして、大都市の暮らしはそれほど異質ではないと結論付けることができた。
一方、沿岸部の民主党支持者は同じような考えを持つ内陸部の人々のブロックを引き合いに出すことができた(テネシー州は1990年代には民主党が強い青い州だった)。