藤木さんは転職を決断することができなかった(写真:Niz art Photodesign/shutterstock)
年間約300万人が転職している現在、転職してキャリアアップすることは当然のように思われているが、一方で、短期間で何度も転職を繰り返す“ジョブホッパー”が増えるなど、早期離職の連鎖も深刻化している。
その中で、組織づくりLABOの代表を務める転職定着マイスターの川野智己氏は、転職には「適性」があり、知識やスキルといった「実力」とは別の目に見えない資質、すなわち「転職適性」があると指摘する。転職に向いていない人には、どのような特徴があるのだろうか。
※本書は川野智己著『転職に向いてない人がそれでも転職に成功する思考』(東洋経済新報社)の一部を抜粋・編集しています。
未経験の壁に挑まなかったエンジニア
「転職に向いていない人」に見られる特徴のひとつに「自己評価がズレているタイプ」があります。自分自身の価値や市場での立ち位置を正しく認識できていないことから、転職のチャンスを逃したり、ミスマッチを引き起こしたりするケースについて解説します。
ご紹介するのは、システム開発会社に勤める藤木隆さん(仮名:32歳)の事例です。
藤木さんの勤務先は、アプリケーションソフトウェアを開発・販売しているIT企業です。彼の仕事は、ソフトウェアが設計どおりに稼働するかを確認し、バグ(不具合箇所)を見つけて修正する、いわゆる「デバッグ作業」です。
これは、製品の品質を支える上で欠かせない、真面目さや緻密さが求められる重要な役割です。
しかし、藤木さん自身は、この仕事に不本意さを感じていました。彼の目には、デバッグ作業が開発の本流から外れた日陰の仕事のように映っていたのです。入社当初からの夢は、自分のアイデアを形にできるシステム開発の仕事に携わることだったからです。
そんな彼を尻目に、同期の仲間たちは早々と花形である開発業務でキャリアを積み、中にはより良い条件を求めて転職し、キャリアアップを果たしていく者もいました。
「このままでは自分だけが取り残されてしまう。スキルアップもできず、会社に不要な存在になるのではないか……」
日々募る不満と焦りの中で、藤木さんはそう考えるようになりました。社内の申告制度で毎年異動希望を出していましたが、一向に聞き入れられない状況も、その思いに拍車をかけました。
「環境を変えてキャリアアップしたほうがいいのではないか」と、彼は転職を決意します。さっそく、転職サイトに登録し、自身の市場価値をたしかめようとしました。
しかし、同じ業界の開発職の求人は多数見つかるものの、そのほとんどが「経験者」を条件としていました。どんなに探しても、「未経験可」という求人は見当たりません。
「これでは、鶏が先か卵が先かと同じじゃないか。経験がなければ、開発職への転職すらできないなんて……」
藤木さんは、希望する開発職への道を閉ざした会社の配属を恨めしく思うばかりでした。そして、けっきょくは転職を諦め、社内での異動にかすかな望みを託し続けることにしたのです。

