【結果】議員が増えると、歳出は減る

 RDで因果推定し直すと、議員数と歳出の関係は一変する。

 フィンランドの推定では、議員数の弾力性はおおむね −0.08〜−0.09。つまり議員を10%増やすと、一人あたり歳出は約0.8〜0.9%減る。なお、相関では正だった符号が、因果では負に反転する。このギャップ自体が、先の見せかけ相関の存在を物語る。

 この値は地方自治体の話であるため、国政にそのままこの数値を使用することは荒っぽいやり方ではある。それを承知で今あるエビデンスをもとに、衆議院の優越を考慮しない保守的な計算をすれば、維新が提案する衆議院議員数の1割減は衆参両議員ではおよそ6.5%の議員削減となり、歳出は年間およそ0.52〜0.58%増えるということになる。

 令和7年度の歳出が一般会計において115兆円であることから、歳出は約6000億〜6600億円増えることになる。一方、議員1人あたりにかかる経費は、約7000万〜8000万円という数字が使われていることを見かける。しかし、たとえ一人あたり1億円であったとして、どれだけ多く見積もっても年間50億円に満たない額を捻出するために、その120倍に相当する6000億円規模の歳出増は正当化できるものなのだろうか。

 この結果が他の国でもみられるかについても、論文では検証されている。

 スウェーデンは「有権者数」に応じて最低議席数が段階的に決まる仕組みで、実際の議席は最低数より多めに設定されることもあるため、シャープなRDではなくファジー(あいまい)なRDという手法で同様に検証した。スウェーデンの結果も、推定値の符号はやはり負で、フィンランドの弾力性に近い水準が示唆される。

 2つの独立データセットで符号・大きさがそろうことは、外的妥当性、つまり普遍的な結果である可能性を高める。

メカニズム:議会vs官僚、監視の分業

 なぜ議員が多いほど支出が絞られるのか。論文は、政治(議会)と官僚(行政)との古典的な「エージェンシー問題」を指摘する。

 経済学でいう「エージェンシー問題」とは、「代理を頼んだ人(=委任者)と、実際に動く人(=代理人)」の利害がズレてしまうことを指す。

 たとえば、住民(委任者)は「税金をムダづかいせずに、必要な公共サービスを提供してほしい」と思っている。一方で、実際に行政を動かす官僚や役所の職員(代理人)は、「自分の部署の予算を増やしたい」「仕事を楽にしたい」「人員を減らしたくない」といった自分たちの都合で動くこともある。

 このとき、委任者が代理人を完全に監視できないために、代理人が自分に有利な行動をとってしまう。これが「エージェンシー問題」だ。

 企業でいえば「株主(委任者)」と「経営者(代理人)」の関係にあたる。経営者が自分の地位を守るためにリスクを取らず、株主の利益を損なうのと同じ構図だ。

 この問題があるゆえに、行政官は「予算最大化」を目指す傾向がある一方、政治家は財政規律を好む有権者に応えようとする。議員は忙しく、時間的な制約が大きい。そこで議員数が増えると、行政の監視を行う余力が増し、オペレーションの水ぶくれ(人件費や日常的経費)に歯止めがかかる。

 実際、推定では「運営経費」と「公務員数」が議席拡大で有意に減る一方、「投資(資本的支出)」にはほとんど影響がない。つまり、議席が増えることでいわゆる「バラマキ土木」が増える、というようなこともなく、日々の運営・人件費の膨張を抑える作用が強い。