「この人とは、無理だ」

 この2011年シーズンは、星野仙一さんがイーグルスの指揮を執った1年目である。

 震災から数日たったある日。

 練習を終えた後だったと思う。僕たちは相変わらずホテルで「何ができるのか」という話し合いを続けていた。そして、監督専属マネージャーの河野さんもまた「監督が、何かあったら相談に……」と、いつもの調子で気を配ってくれていた。

 ただ、少し様子が違ったのが、声を掛けてくる頻度が増えたことだ。これまでとは違う様子を察した武司さんが、「これは監督が『来い』ってことやな」と言った。

 星野さんが中日ドラゴンズの監督をしていた時代に選手としてプレーしていた武司さんは、イーグルスの中で誰よりも「星野仙一」という人間を理解している。

「今から監督の部屋に行くぞ。いいか、絶対に私情を挟むなよ。言いたいことがあっても俺が代表して言うから、黙っとけよ」

 長く現役を続けてきた武司さんは、ちょっとした言葉で監督や球団から信頼を失う、ということを知っていた。そして星野さんは、言葉や姿勢を大事にする人だ。同じユニフォームを着て2カ月ちょっとしか経っていない僕らが、何か誤解されるようなこと言って立場が悪くならないようにと、気を遣ってくれていたのだ。

 星野さんの部屋に向かい、覚えていることは強烈な一言だ。

 ドアをノックし、椅子に掛けるよう促された。その椅子に座った瞬間に響く怒号。

「お前らなにごちゃごちゃぬかしとるんじゃい! 野球だけしとればええんじゃ! !」

 想像もしていなかった展開に、「怖さ」を感じる時間すらなかった。

 そして、言葉の意味を理解した瞬間、「えぇ……!?」と、思わず声が出そうになった。

 このタイミングで「お前らは、野球だけしてればいい」?

 練習に身が入らない後ろめたさは選手全員にある。それでも「野球だけしていればいいんじゃ!」と一方的にまくし立てられて納得できるほど、あのときの僕たちの精神状態は穏やかではなかった。

「あんなことがあって、野球なんかできるわけないのに、なんでこんな非情なことを言えるんや……」

――あ、この人とは無理だ。

 正念場のシーズンにやってきた新しい監督。僕にとってはチャンスとも言えた。なのに、その監督の一言で、僕の気持ちはスーッと引いていった。

 基宏や鉄平の表情を窺った。おそらく似たような感情を抱いていたに違いなかった。

 部屋を辞しても、納得がいかなかった。