政局が目まぐるしく動くなか、メディアの報道姿勢にも注目が集まっている(写真:ロイター/アフロ)
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 (小泉秀人:一橋大学イノベーション研究センター専任講師)

 2025年10月、高市早苗氏(自民党総裁)の記者会見が始まるのを現場で待っていた報道陣の1人(時事通信所属のカメラマン)が「支持率下げてやる」などと発言する映像がSNSで拡散された。時事通信社はこの発言者を同社所属の男性カメラマンと認め、厳重注意処分としたと発表している。 

 この発言は、多くのメディア・SNSで「報道機関の傲慢(ごうまん)」「報道の中立性を損なう行為」として批判を浴び、報道・言論信頼の観点で波紋を呼んだ。この事件では、いちカメラマンの個人的な政治スタンスが表出した可能性があるが、そもそもメディア批判でやり玉に上げられる「偏向報道」とは、どのようなメカニズムで起きているのだろうか。

 記者や報道機関の主義・信条、時には感情的な問題にも見えるこの問いに対して、実は経済学は驚くほど精緻な理論と実証研究を行ってきた。

 経済学は「偏向報道」をどのように分析しているのか。3つのメカニズムを紹介したい。

1. 需要から生まれるバイアス:読者が望むネタがニュース

 偏向報道の第1のメカニズムは、ニュースを消費する「消費者自身の需要」にある。

 まず、経済学者のMullainathanとShleiferは、ニュースを「単に事実を伝える情報」ではなく、「自分の考えを裏づけてくれる商品」として理論的モデルを構築した(2005年)。人々は自分の世界観を裏付けるニュースを好み、メディア企業はそれに応える形で報道を歪めるというのだ。

 この理論を出発点として、メディアの偏向報道の源泉を実証研究したのがGentzkow とShapiroの論文(2010年)である。彼らは、アメリカの新聞記事の膨大なテキストを分析し、記事内の語彙と民主・共和両党の政治家の発言を照合して「偏向度」を定量化した。

 彼らの構造推定モデルによると、新聞の論調は主として読者側の政治的嗜好に基づく需要要因によって説明される。これに対して、新聞社オーナーの政治的嗜好などの影響は読者側の要因に比べればかなり小さいものだったのである。具体的には、読者側の要因が20%、オーナー側の要因は4%ほどだった。

 すなわち、読者が保守的な地域では新聞も保守的な表現を多用し、リベラルな地域では逆になる。つまり、偏向報道はイデオロギーではなく、「読者が何を望むか」に応じた経済的帰結である。中立報道を理想とする倫理とは裏腹に、経済的には「偏向」が企業の利益を最大化する行動なのだ。