「偏向報道の力」はどれほど強いか

 先のGentzkowとShapiroによる研究(2010年)では、偏向報道が生まれるインセンティブが、需要側から主にくることがわかった。では、その需要によって生み出された偏向をもつメディアが、あるとき偶然にも、政治権力による買収ではない方法で、その偏向とは必ずしも合わない人々にニュースを発信した場合、どれほど社会を動かすのだろうか。

 DellaVignaとKaplanは、この問いに米国でFOX(Fox News Channel)ニュースが一部地域に導入された自然実験を利用して答えた(2007年)。

 FOXニュースは、1996年にルパート・マードック率いるニュース・コーポレーションが設立した米国のケーブルニュース局で、創設当初から「Fair and Balanced(公平でバランスの取れた報道)」を標榜しつつも、共和党寄り(保守的)な論調で知られている。

 番組構成やキャスターの発言内容には、自由市場・小さな政府・伝統的価値観を重視する保守的なものが多く、民主党政権やリベラル政策への批判が中心となることが多いのが特徴だ。

 今でこそ衛星放送などがあるが、FOXが創設された頃は、まだケーブルを実際に物理的に引っ張ってこなければいけないという制約があった。そのため、ある町において、複数のケーブル会社が存在するということは滅多にないことだったのである。

 このことによって、FOXは片っ端から様々なケーブル会社と交渉して放映権を得る必要があったわけだが、放映権を得た地域というのは必ずしも共和党寄りの地域ばかりではなかった。また、ケーブル会社との契約成立時期に会社ごとに違いがあったため、FOXニュースが放映され始めた時期にも地域差が生じた。

 そのことを利用して、DellaVignaとKaplanは、FOXニュースが放映されることになった地域とそうでない地域を、放映開始前後で比べることによって、放映された地域では共和党の得票率が0.4〜0.7ポイント上昇したことを確認した。さらに、視聴可能だった地域では、無党派層も含め共和党ではないFOX視聴者の3〜8%が実際に共和党に投票したとされている。