2. 供給から生まれるバイアス:政治権力と報道機関の取引

 第2のメカニズムは、政治権力によるメディア掌握である。先ほど、新聞側の影響は比較的小さいという研究を紹介したが、政治権力が関わってくると話は変わってくる。

 BesleyとPratの研究(2006年)では、「Media Capture」と呼ばれる理論が提示された。政府は自らに不利な情報を報じさせないよう、報道機関に便益を与えることで買収する。

 民主主義の健全性を守る鍵は「独立メディアの数」である。独立した報道機関が多いほど、政府が全てを買収するコストは高騰し、結果として権力の監視機能が働く。反対に、所有が集中しメディア数が限られると、政府に都合の悪い報道は容易に抑えられる。

 この理論を実証的に裏づけたのが、EnikolopovとPetrova、Zhuravskayaによるロシアの研究(2011年)である。1999年の選挙で、政府から独立したテレビ局NTVを視聴できた地域では、与党の得票率が約9ポイントも低下した。メディアの独立性が、実際に政治的帰結を変えることを示した衝撃的な結果だった。

 偏向報道の一部は、単に「迎合」ではなく、権力と報道の取引という経済的構造からも生まれているわけだ。

3. メディアの戦略:偏向報道が「戦略」になるとき

 第3のメカニズムは、メディア自身の「評判と説得戦略」である。

 GentzkowとShapiroは、読者がニュースの正確性を完全に観察できない状況をモデル化した(2006年)。読者は報道が自分の期待と一致すれば「この新聞は信頼できる」と感じやすい。すると報道機関は、真実よりも「読者が信じたい内容」を伝える方が評判を得やすくなる。

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 偏向報道は虚偽報道ではなく、戦略的な評判形成の結果として合理的に生まれるのである。

 このようにみると、偏向報道は誤報や陰謀論とは異なる。むしろ市場競争の中で生まれる「合理的な歪み」だといえる。

 政治家が影響力を行使しなかったとしても、読者が信念を強化し、報道機関が評判を維持しようとするならば、偏向報道は制度的に再生産される。