日本が立ち遅れた背景は?
日本のファクトチェックが欧米諸国に比べて大きく立ち遅れた背景には、複数の理由が存在する。偽情報対策が難しい理由の一つに、自由民主主義社会が重要視してきた「表現の自由」との衝突がある。
たとえ「ウソ」であったとしても、表現の安易な規制や取り締まりは検閲につながりかねず、国家主体の即効的で、実効的な対策はかなり難しいと考えられてきた。
そのため、偽情報への対抗策は、まず何よりもメディアやプラットフォーム事業者など、民間の自主的な規律や取り組みによって担われるべきであるという考え方が主流となってきた。
日本でも規制を検討するうえで総務省の研究会などにおいて2010年代からこの原則が度々確認されてきたが、結果として、その「自主的取り組み」が長年にわたり低調なまま放置されてきたのが実情だ。理念の「正しさ」が、かえって具体的な対策の遅れを招いているともいえよう。
日本より一足早く、メディアの主役が新聞やテレビからインターネットへと移行した国々では、偽情報の脅威もまた早くから深刻な社会問題として認識され、ファクトチェックもまた一足早く普及したといえる。
こうした世界の動きを牽引してきたのが、IFCN(International Fact-Checking Network)という国際ネットワークである。IFCNが中心となり、世界でも関係団体のネットワーキングが進んでいる。
日本も、基本的にはこうした国際的な潮流を踏襲しようとはしてきた。国内でも日本ファクトチェックセンターなどが設立され、公共放送であるNHKも、最新の経営計画(2024〜2026年)を踏まえた総務省の検討会での説明資料のなかで、単なる「ファクトチェック」にとどまらない、より包括的な偽・誤情報対策に取り組む方針に言及している(NHKは2018年経営計画で「公共メディア」という概念を提唱するようになった)。
しかし、これらの動きは、欧米から遅れて本格化したものであり、社会全体の取り組みへと広がるには至っていないし、今のところ有効性もあまり明らかにならないままである。
ファクトチェックの遅れが問題視される背景には、偽情報の脅威そのものが、この数年で質・量ともに劇的に増大しているという現実がある。
特に、ディープフェイクに代表される生成AI技術の進化と、国家が関与する影響工作やハイブリッド戦争のように、第三国などによるSNS上の偽情報を通じた撹乱(かくらん)も社会に認識されるようになったことは大きい。
こうした国家レベルの情報戦だけでなく、我々の日常にも偽情報は様々に浸透している。
このような脅威の高まりのなかで、多くの支局と記者を抱える全国紙がようやくファクトチェックに本格参入したことは、それ自体は喜ばしいことに思える。その取材網と情報検証能力は、個別の偽情報を迅速に打ち消す上で大きな力になる可能性を秘めているからである。
しかし、この動きは「あまりにも遅すぎた」という評価を免れないし、そして今回の本格参入の仕方にも、本気度を疑わざるを得ない深刻な問題点が散見される。