「Warburg(ワールブルグ)効果」とミトコンドリアの役割

 がんにおける代謝研究の出発点としてよく知られているのが、Otto Warburg (オット・ワールブルグ)博士によって発見された「Warburg効果」である。これは、正常な細胞と、がん細胞には、エネルギーの使い方に違いがあることを示したものだ。

 通常、正常な細胞はグルコース(ブドウ糖)を分解してATP(アデノシン三リン酸)を産生する。この過程には解糖系、クエン酸回路、電子伝達系の3つの経路が関与しており、特に電子伝達系はミトコンドリアの内膜で行われる代謝経路だ。エネルギー効率が高く、グルコース1分子あたりおよそ「34分子」のATPを生成する。

 それに対して、解糖系およびクエン酸回路からはわずか「2分子」程度のATPしか産生されない。

 にもかかわらず、がん細胞はこのエネルギー効率の低い解糖系を好んで利用する傾向がある。この現象こそがWarburg効果と呼ばれており、がん細胞が正常細胞とは異なる代謝様式を有していることを端的に示す重要な概念である。

 このような背景から、がん細胞ではミトコンドリアの役割は限定的であり、それほど重要ではないと長年考えられてきた。しかし、近年の研究により、この認識は大きく変わりつつある。

 例えば、ミトコンドリアは進化の過程において、かつて独立した生物であった細菌が真核細胞に取り込まれたことによって生じたと考えられているが、最近の研究では、異なる細胞間でミトコンドリアが移動する現象が観察されている。

 特に注目すべきは、がん細胞のミトコンドリアが免疫細胞へと取り込まれ、それによって免疫細胞の機能が抑制され、がん細胞が免疫からの攻撃を逃れて増殖を続けるというメカニズムである。

 実際、がん細胞に特有のミトコンドリアDNAの変異が、免疫細胞内でも同様に確認されたことから、このような「ミトコンドリアの細胞間伝播」という新しい生物学的現象が報告された。

 この研究成果は、世界的に権威のある科学雑誌『Nature』にも最近掲載されたが、筆者はその内容が掲載される以前に、「がんと代謝研究会」において、研究の初期段階における進捗報告がなされていたことを記憶している。まさに、本研究会の先進性と価値を示す好例であるといえる。

 がん細胞を完全に理解するには、いまだ未解明な部分が膨大であることを、研究会に出ると痛感する。