自衛隊に見る組織を強くするリーダー

──日本の問題として、責任を引き受ける覚悟がない人がマネジメント層にいることだと思っています。

桃野:リーダー教育に対する投資が不十分な現状では、もはや「仕方がない」と言わざるを得ません。

 たとえば陸上自衛隊では、幹部候補生は大学卒業後に1年間、幹部候補生学校で徹底的なリーダー教育を受けます。そして、ようやく小隊長として現場に出る。このように、軍事組織ではリーダー育成に時間も労力も惜しみません。

 その後も、最高幹部に昇る自衛官の人生の3分の1程度は、リーダー教育に費やされるといっても過言ではありません。人の心をどうつかみ、どう導くべきかを、現場と教育を往復しながら生涯をかけて学ぶのです。

 一方、日本の民間企業で体系的なリーダー教育を実施しているところはごくわずかです。仮にあっても、短期の研修にとどまるのが実情です。本来、組織を率いる立場の人には、長期的な視点で教育投資を行うべきです。

 日本社会では、そのような発想自体が希薄であるという点に、私は強い危機感を覚えています。

──書籍では、リーダーの「信じる力」の重要性について強調していました。

桃野:ある元自衛官の知人の話です。小隊長、中隊長、大隊長と指揮官としてのキャリアを積む過程での彼のリーダーとしての成果はひどいものでした。演習では連戦連敗。同期からも「お前はもう指示を出すな」とまで言われたそうです。それほどまでに、彼のリーダーシップは機能していませんでした。

 ところが、そんな彼が後に、弱小連隊の指揮を任されることになります。そして1年半後には、その連隊が各種競技会で連戦連勝を果たす、見違えるような強い部隊へと変貌を遂げたのです。

 彼自身が語っていたのは、自らのマイクロマネジメント体質に対する反省でした。かつては「俺の言うとおりにやれば勝てる」と、すべてを自分で決めていた。それこそが敗因だったと彼は理解したのです。優秀な人ほど、自分の能力に自信があるぶん、つい細部にまで口を出してしまいがちです。

 特に自衛隊のように、幹部が2年ごとに任地を変える組織では、短期間で成果を出そうとするあまり、「自分のやり方が正しい」と信じ、部下に考えさせずに指示だけを出してしまうケースが少なくありません。もちろん、それで結果を出す人もいます。でも、それは本質的に組織の力を育てているとは言えません。

 マイクロマネジメントの怖い点は、部下から「考える力」と「考える機会」を奪ってしまうことです。それでは組織が弱くなる一方です。彼は連隊長としての任に就いた際、姿勢を180度改めました。「なぜ我々の部隊は弱いのか」「どうすれば勝てると思うか」と、部下たちと酒を酌み交わしながら議論を重ねたのです。

 すると、部下たちからは「ここが弱点だ」「こうすれば勝てる」という声が次々に上がってきた。彼はそれらの意見を真摯に受け止め、時に疑問を呈しながらも、一緒に考え抜き、戦術を練り直していった。上からの一方的な指示ではなく、現場からの声に応答し、共に組織を作り上げていくリーダーシップに徹したのです。

 自分の優秀さを振りかざすのではなく、部下を信じ、耳を傾け、意見を取り入れて進んでいく。そうすることで、部隊の一人ひとりが「自分が考えるべきなのだ」と自覚を持ち始め、組織全体が強くなっていったのです。

 これは決して特殊な例ではありません。リーダーに求められるのは、完璧な指示ではなく、「部下を信じて任せる力」だと私は思います。自らの能力を過信せず、部下の声に学び、共に成長する。こうしたリーダーこそが組織を真に強くするのです。