この興味深い認知作用に最も慣れ親しんでいるのは日本人にほかならない。図1は私が静岡県の高速道路のパーキングエリアで購入した「考える富士山」という土産物であるが、ここでは「富士山」という物体が〈人体化〉の作用を受け、顔面パーツ、胴体、四肢を、すなわち「人体」を獲得している。

図1 人体化された「富士山」

 現在までに確認されている最古の〈人体化〉の事例としては、オーストラリア北部のキンバリーやアーネムランドの岩壁に描画された「ロックアート」を挙げることができる。

 これは6万〜5万年前から同地に居住する先住民たちが、天然染料を用いて岩壁に様々なモチーフを描いたものであるが、およそ1万8000〜1万4000年前の描画のなかに〈人体化〉の事例が克明に記録されている。そこではかれらの主要な食料であったヤムイモが人体を獲得しており、岩壁には〈人体を所有するもの〉として描かれているのだ。

 つまり、1万年を優に超えるはるか古代において、既にわれわれは〈人体化〉という認知過程を可視化していたということになる。

 あるいは時代を下って、紀元前後の古代ペルーに興り、大規模な灌漑(かんがい)農業が行われていたモチェ文化においても〈人体化〉の事例を確認することができる。ここでも、やはり主要な食料であったトウモロコシ、ジャガイモ、キャッサバなどの植物資源が〈人体化〉されて造形されている。

 ここで指摘した古代の事例が、「植物の人体化」であるのはもちろん偶然ではない。古代社会において優先的に〈人体化〉されたのは、とりわけデンプン質に富む資源価値の高い植物であったと思われるからだ。なぜ植物資源が人体化されて造形されているかと言えば、それは当時の採集狩猟民や耕作民たちがこうした「炭水化物の精霊」たちを可視化し、これと交渉する必要があったからである。

 従来の先史時代フィギュア研究のうち、モチーフを解明しようとする研究は世界中どこでも低調なままであった。つまり、多くの人が納得できるような仮説が立論されることは、この150年のあいだ一度もなかったのである。その主たる原因は、先史時代フィギュアの正体が「豊饒(ほうじょう)の女神」であれ「女性」であれ、そうした主張が実際のフィギュアが有する具体的な形態――もし人間像だとすれば著しく奇妙な外貌――の意味を十分に説明してこなかったからである。

 先史時代フィギュアの最大の謎は、その「特異な形態」にこそ集約されるのであって、そのモチーフを女神、精霊、人間のいずれとしてみたところで、この不可思議な形態の意味を説明できなければ、とうていわれわれを納得させる仮説にはなり得ないのである。

 そこで私は、自らのプロジェクトにおいて世界初の試みを行うことになった。それは、先史時代フィギュアのモチーフは〈最初から人体を所有するもの〉ではなく、〈人体化の作用によって人体を獲得したもの〉であるという作業仮説から推論を展開するというものである。

 すなわち、このシナリオに沿って言えば、先史時代フィギュアのモチーフは、もともと人体を所有しない「何か」であり、この「何か」が〈人体化〉されたものである、ということになる。

あまりに不自然な後傾姿勢はなぜ?

 旧石器時代フィギュアは、独特なデザインとなっている頭部を除けば、人体のフォルムに忠実なボディを有している写実的なものが多い。それに対して、さらに時代が下った新石器時代フィギュアは、一転して人体からかなり乖離(かいり)した形態の土偶が多数を占めるようになる。

 図2①〜③は、まさにそうした特異な形態で塑造された新石器時代フィギュアの典型を示す土偶である。

図2 「新石器時代フィギュア」の典型を示す代表的な土偶

 両脚が閉じられた量感のある下半身に対して、細長い円筒形の上半身、首が延長されただけの棒状の頭部、ほとんど造形されない両腕。そしてあまりに不自然な後傾姿勢――。