(英エコノミスト誌 2025年6月14日号)

ドナルド・トランプのロサンゼルスへの兵士動員は裏目に出る恐れがある。
1960年代の昔、「イッピー(Yippie)」と呼ばれた政治意識の強いヒッピーの一派がいた。彼らには、こうすれば米国を変えられるという考えがあった。
国のシステムは腐っている、それを世に知らしめるにはテレビ向けの見せ場を作るのが一番だ、というのだ。
そこでニューヨーク証券取引所で米ドル札を撒いたり、ペンタゴン(国防総省)を空中浮揚させるために大規模な集会を開いたりした。
武装した警察や軍隊がデモの参加者を攻撃してくれれば、国民は自分がファシストの国に暮らしていることに気づき、革命に立ち上がってくれるだろうと考える人もいた。
それは裏目に出た。
いわゆるサイレント・マジョリティーはこうした行動を見たうえで、リチャード・ニクソンに投票した。
秩序を守るのは誰なのかという根本的な政治的分岐点で、イッピーは間違った側についていたのだ。
ロス衝突、秩序を守っているのは誰か?
ドナルド・トランプ大統領は州兵と海兵隊をロサンゼルスに派遣することで、自分が秩序の擁護者だと示そうとしている。
これに対し、カレン・バス・ロサンゼルス市長やギャビン・ニューサム・カリフォルニア州知事をはじめとする反大統領派は、トランプ氏が騒乱をあおっていると考えている。
どちらがこの論争に勝つかは米国で2番目に大きなこの都市にとって、そして米国全体にとっても重要だ。
トランプ氏は対立の枠組みを確立したところだ。これが機能したら、別の場面でもまた試みるに違いない。
米国ではどの大都市にも、正式な書類を持っていない不法移民がかなり多く暮らしている。そして、そうした大都市の市長はほぼ全員民主党だ。
トランプ氏は、抗議行動→暴動→鎮圧のサイクルは自分に有利に作用し、政敵が過激派に見えるようになると踏んでいる。
米国の党派的な断絶は今に始まったことではない。
だが、オンラインで罵り合っている人々も、直接顔を合わせれば政治のことは脇に置いて話ができる場合がほとんどだ。両党の間に敵意があっても、選挙や司法が引き続き両党を歩み寄らせている。
ロサンゼルスの中心部で起きている対立は違う展開を見せるかもしれない。トランプ氏が大学や法律事務所を相手に行っている戦いとは異なり、本物の部隊が動員されている。
暴力をあおっているのが誰であろうと、この騒ぎはエスカレートしてほかの都市に広がっていく恐れがある。