腐敗と秘密警察の歴史からSBUに対する国民の風当たりは厳しく、ウクライナ政府はSBU改革に取り組んだ。ロシアのハイブリッド戦争への対応に主眼が置かれるようになり、腐敗の温床になってきた「K部局」と呼ばれる組織犯罪・汚職対策部隊は閉鎖されることになった。

 SBUの職員数は約2万7000人。マリューク長官の指導力でSBUは生まれ変わり、ウラジーミル・プーチン露大統領に地団駄を踏ませ続け、評判は急上昇する。キーウの世論調査会社レーティングによると、SBUへの信頼度は21年の23%から昨年9月には73%にハネ上がっている。

ゼレンスキー大統領の広報戦略

 6月4日、プーチンとの電話会談後、ドナルド・トランプ米大統領は自身が創設したSNS「トゥルース・ソーシャル」に「プーチン大統領は飛行場への攻撃には対応せざるを得ないと非常に強く述べた」と投稿した。しかしロシア当局はプーチン発言を公式には認めなかった。

 大統領直轄のSBUの評判が上がれば、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の支持基盤も自然と強化される。腐敗の象徴だったSBUが戦争の英雄に変身すれば、西側諸国の支持も得やすくなる。そうした打算がゼレンスキー氏に働いているのは間違いない。

【木村正人(きむら まさと)】
在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争 「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。