文京紫陽花祭りの期間中は歯の健康祈願祭も

では実際にお参りに行ってみよう。地下鉄の白山駅からものの3分で本殿前に到着するが、それだとちょっとお参りの気分が出ないと思う方は、少し遠回りして本殿の正面にある石段を登って来るとよい。40段ほどだが勾配はなかなか急で、周辺で一番高いところに神社が鎮座していることを実感できるだろう。登り切ると、約3000種の紫陽花が咲き乱れる別天地のような境内に到着する。さほど広くはないが、いくつもの神輿庫が並んでおり、近隣の氏子さんたちが長年この神社を盛り上げ、大切にしてきた様子が想像できる。
本殿には、総本宮の白山比咩神社と同じ、菊理媛尊、伊弉諾尊、伊弉冉尊の三柱が祀られており、ご神徳は縁結び、商売繁盛、受験、家内安全。それに加えて商談成立というご利益もあり、営業の前にお参りに来るサラリーマンも多いようだ。本殿のお隣には関東松尾神社もある。江戸時代に京都の松尾大社から分霊されたもので、酒造の守護神である大山咋神が祀られている。末社のわりには社殿が妙に大きいところを見ると、よほど酒好きな人が勧進したものと思われる。
本殿の右手奥には富士塚がある。これは富士山信仰に基づくもので、遠くて参詣できない人のために作られた富士山のミニチュアである。江戸時代には団体を組んで富士山詣でに行く富士講が盛んで、東京及び近郊で富士塚もよく見られる。土を盛り上げ、場合によっては本物の富士山の溶岩も使って実際に登れる山になっているところが多く、ほとんどが神社の境内にある。
しかし、こちらの富士塚は、近隣住人への配慮から、普段は立ち入りが禁じられている。登れるのは「文京紫陽花祭り」の期間中だけ。山の斜面に当たる部分にも紫陽花が咲き乱れ、頂上からは360度紫陽花の眺めが楽しめる。

文京紫陽花祭りの期間中は、他にも特別な催しがある。本宮である白山比咩神社がある石川県の物産の販売、紫陽花の鉢植えの販売、紫陽花神輿、コンサート、ボッチャ体験など、実に多彩で楽しそうだ。それに加えて歯の健康祈願祭もあり、歯の健康相談会なども行われる。
これは、本宮の修験者が虫歯の痛みに打ち勝って荒行を満了したという故事にちなむもので、この神社では、昔、虫歯に効くと信じられていた唐辛子もお守りに添えて授与していたとのこと。ここだけでなく、各地の白山神社には、これとはまた違った形で歯に関する伝承が伝わるところが多い。医学が発達していなかった時代においては、いきなり痛み出す虫歯ほどやっかいなものはなかったのだろう。
紫陽花を堪能したら、近辺を少し散歩してみるのもお勧めだ。文京区は弥生式土器が出土したほど歴史が古い土地柄で、文化人が好んで住んだ近代に至るまでの各時代の史跡が豊富にある。
おすすめはまず、この神社が現在の場所に遷される前に鎮座していた小石川植物園。江戸幕府によって開園された日本最古の植物園で、現在は東京大学の研究施設となっている。
白山駅から本駒込駅あたりの寺が密集するエリアを散歩するのもよい。江戸の街を焼き尽くした明暦の大火の後、他の場所にあった寺を一か所にまとめたため、この地域にはこれほど寺が多いのである。そのような事情のため歴史の古い寺が多く、丹念に見て回ると興味深い発見がある。
もうひとつのおすすめは、白山一丁目の街歩きである。ここは明治末期から戦前まで花街として賑わったエリアで、現在はほとんどが住宅街に変わっているものの、ゆっくり歩いてみると、古い木造の建物や石畳の路地など、往時をしのばせる名残を見つけることができる。土地の古老によれば、子供のころは、人力車に乗った芸者さんをよく見かけたとのこと。またここは、酌婦の悲しい宿命が描かれた樋口一葉の小説「にごりえ」の舞台でもある。白山神社の菊理媛尊は、そんな街の歴史をも静かに見守ってきたのだ。