取材・文=吉田さらさ
全国的に福の神として人気が高い「えびす様」
さて、2024年のはじまりだ。ようやくコロナ禍も終わり、新たな年への期待も膨らんでいたはずだが、思わぬ不幸な出来事が続いてしまった。被害を受けられた方々に、心よりお見舞い申し上げます。
そんな中ではあるが、少しでも世界に福が来るようにということで、兵庫県西宮市に鎮座する西宮神社をご紹介しよう。こちらはお参りするだけで満たされた気持ちになれる、たいへんありがたい神社である。
1月10日の早朝6時から、こちらの神社では、「十日戎開門神事福男選び」が行われる。本殿参拝の一番乗り(一番福)を狙い、開門とともに本殿まで全速力で走る何千人もの参拝者たちの様子はテレビのニュースでも大々的に報道される。
十日戎では、福男だけでなく福娘も活躍する。「商売繁盛笹持ってこい」のかけ声とともに、巫女姿の若い娘さんたちが福笹と呼ばれる縁起物を授けてくれるこの行事は、関西で商売をする人々には欠かせないものだ。
えびす様は関西のみならず全国的に福の神として人気が高く、ここ西宮神社は全国的に存在するえびす神を祀る神社の総本宮である。御祭神は第一殿にえびす大神(蛭児大神)、第二殿に天照大神、大国主大神、第三殿に須佐之男大神。第二殿と第三殿の神々は古事記や日本書紀でよく知られているが、主祭神のえびす大神については案外謎が多い。鯛と釣竿を持った像が多いが、それはなぜか? 庶民的なイメージが強い神なのに、この神社では、なぜ天照大神より上位に祀られているのか?
実はえびす様は、伊邪那岐神と伊邪那美神の間に最初に生まれた子であった。つまり、天照大神の兄神に当たるということだ。この子が蛭児で、女性である伊邪那美神が最初に「さあ、子供作りをいたしましょう」と声をかけたため思わしくない子が生まれたとして、葦の船に乗せて海に流されてしまったという。
現在の感覚からすると理解しがたい話だが、これは記紀の物語。その後この蛭児がどうなったのかは書かれていないのだが、のちに、思わぬ形で姿を現わす。いつのころかは定かでないが、とある漁師が沖で網を張っていたところ、何やら重いものがかかった。魚ではなかったのでいったんは海に戻したが、再度引っかかったのでよく見ると、御神像のように思えたため自分の家に祀って朝な夕なに拝んだ。
すると夢の中に神が現れ、「自分は伊邪那岐神と伊邪那美神の子、蛭児である。毎日拝んでもらってありがたく思うが、ここより西の場所にもっとよい場所があるので、そちらに祀って欲しい」というご託宣があった。それにしたがって、現在の場所にえびす大神が祀られたという。
えびす様は、今は商売繁盛を中心とする福の神のイメージが強いのだが、えびす信仰そのものは、もとは漁師の間で生まれたと考えられている。そのためえびす様の像は釣竿と鯛を持っているのだ。海辺の民の間では、浜に流れ着いた動物の遺体や漂着物を神として祀ると大漁をもたらすと信じられており、それがエビスと呼ばれていたという。
その時点では、海の向こうの異世界からやって来る謎の存在だったのだが、いつしか記紀に登場する蛭児の話と結びつき、えびす信仰となった。海の向こうからやってくる福の神が実は親に捨てられた高貴な生まれの神だったとは、何ともロマンに満ちた話ではないか。