取材・文=吉田さらさ
えびす神にはなぜ二つの総本宮があるのか
今回ご紹介するのは島根半島の東端に鎮座する美保神社である。今年(2024年1月)にえびす神の総本宮とされる兵庫県の西宮神社について書いたが、実はこの美保神社も「ゑびす神」の総本宮と名乗っている。
えびす神にはなぜ二つの総本宮があるのか。実は双方で「えびす」と呼ぶ神が違うのだ。西宮神社における「えびす神」は「蛭児大神」。伊邪那美命と伊邪那岐命が最初に子作りを試みた結果生まれたが、思わしくない子であったため海に流された。その後突然西宮の海岸にあらわれ、福の神として信仰されるようになったという。一方、こちら美保神社では、えびす神は事代主神と同一視されている。
ではその事代主神とはどんな神なのだろう。ここは出雲。出雲と言えば大国主命。事代主神はその偉大な神の長男である。ここで、かの有名な国譲りの神話を思い出してほしい。天照大神は大国主命が治める地上の国が栄えているのを見て、「あの国はわたしの子が治めるべきだ」と考えた。それからもろもろの経緯があり、最後に使者として遣わされた建御雷之男神が出雲の稲佐の浜に降り立ち、剣の上にあぐらをかいて大国主命に向かい「国を譲るように」とすごんだ。
すると大国主命は「譲るかどうかは息子たちに聞いてくれ」と答えた。長男の事代主神はあっさり承諾したが、次男の建御名方神は「相撲で勝負をしよう。もし自分が勝ったら国は譲らない」と言った。そしてあっけなく建御雷之男神が勝ち、建御名方神は諏訪まで逃げて行って諏訪大社を開いた。かくして国は譲られ、大国主命はその代償として出雲大社を建ててもらったというのが話の概要である。
ところで事代主神は、建御雷之男神がやってきた時にそこにはおらず、国を譲ってよいかの返答を得るために使者が探しに行った。なんとこの兄さん神は、そんな一大事の際に、ここ、美保関でのんびりと鳥や魚を獲って遊んでいたのである。いつからどんな経緯で事代主神がえびす神と同一視されるようになったかはわからないが、釣り竿と鯛を持って笑っているえびすさんと、釣りが大好きな事代主神の姿は、確かにどこか重なっているように思われる。
えびす神は一般的には福の神として信仰されている。もうひとつのえびす神総本宮である西宮神社は商売繁盛を願う人々の篤い信仰を集めているが、美保神社のえびす神=事代主神は主に漁業や海運の神として信仰される。それは、この神社が鎮座する美保関というところが、三方を海に囲まれた特異な形の岬であることと関係があるのだろう。
この地はまた、国譲り神話より前に古事記に登場する重要な神が出現した場所でもある。大国主命がこの岬で国造りについて思いを巡らしていると、沖からガガイモの葉の船に乗って小さな神がやってきた。これ以降、大国主命に同行して国造りを手伝うことになる少名毘古那神である。出雲の偉大なる神、大国主命はかくのごとく美保の地と関係が深い。出雲大社と美保神社の二つにお参りすると大黒様と恵比寿様の両参りとなり、ご利益がより大きくなるとも言われている。