斎藤現象を起こした「政治を知らない人たち」
古谷氏の第一声はこうだった。
「『SNSで投票行動を決めます』みたいな話は、実はここ10年ぐらいの間、ずっとあった。それが可視化されたのが2024年かなという気がします。この10年でシニアやミドルがスマホを買って、その快適性に取り憑かれている」
要は、政党のインターネット戦略は今から20年近く前の麻生太郎政権(2008年9月~2009年9月)の頃から始まっており、ここ10年くらいは各党がSNSを使った政治活動を試行錯誤してきたので、それ自体に目新しさはない。むしろ、ここ10年での変化は何かというと、スマートフォンの普及率が9割超に達したことだという。
ガラケーで最後まで頑張っていた人たちがスマホに買い替えたことが大きい。パソコンと違い、寝転びながら使えるスマホの身体特性が中高年にもマッチしたのだ。シニアやミドルが好んで見るのはXとXに埋め込まれた動画、そしてYouTube。ログインが必要ないので中高年にも扱いやすく、親しみやすい。
それが顕著に表れたのが「斎藤現象」だ。多くの人が、SNSで拡散された立花氏の言説、「斎藤さんはいじめられている」「斎藤さんを告発した元県民局長は不倫が原因で自殺したのであって斎藤さんとは関係ない」「マスコミの報道は嘘だった」などに惑わされた。
具体的な証拠は何ひとつないのに、なんとなく漠然と斎藤氏が敵にいじめられているんだと思ってしまったのだ。どうして、そのような思考回路になるのだろうか。古谷氏は次のように分析した。
「マスコミは『既存の政治への不信感』とかって書くんですが、不信感というのは、ある程度、政治を分かっているからの不信じゃないですか。立憲民主党のことを分かっていて、ちょっと違うという不信感で国民民主党とか、他党へ投票するというのが不信ですよね。そうではなくて、何も知らないんです。そんな人いるの? って思うかもしれないですけど、すごくいっぱいいるんですよ、世の中には」
「だから、斎藤知事の再選は、SNSプラス、政治のことを知らない人が押し上げた。立花さんの話はそういう人に刺さりやすいんです。彼の話を聞くのに、特別な予備知識はいらない。敵か味方か、不倫かどうか。そういう大衆的なネタなので、乗っかりやすいんです」
「いい大人はある程度、常識があって、政治的行動もある程度、妥当になると思われているんですけど、私は陰謀論者やネット右翼とずっと会ってきて、それは幻想であり、嘘だと思います。分からないんです」
「実際、兵庫県知事選で投票率が1割以上増えた。つまり、投票に行ったのは、デマと陰謀論が後押しした結果なんですよ」

だとすると、これまで投票に行かなかった人たちにSNSのデマや陰謀論が刺さり、政治を動かし始めたということになる。自分たちに刺さった言説がSNSで広く拡散されているのを見れば、それは自分たちが政治に参画しているという喜びを得ることにつながる。その先に、選挙結果が変わるようなことが起きれば、ますます政治参画の実感は強くなる。
野党などがよく「無党派層が1割動いて投票率が上がれば政治が変わる」と訴えてきたが、斎藤現象で見えたのは、その人たちが動いたら想像だにしない結果が出てしまう可能性があるということだ。それも民主主義と言えば、それまでだが、ちょっとハッとする話ではないか。