『或る夜の出来事』との類似点

『ローマの休日』のおよそ20年前に『或る夜の出来事』という映画がつくられている。1934年度のアカデミー賞で主要部門を総なめにした、コメディのお手本とも言えるような名作である。この映画と『ローマの休日』とは設定に似通ったところがある。
ファースト・シーンはヨットの上で、娘のエリー(クローデット・コルベール)が名うてのプレイボーイと結婚するというので、大富豪の父親が大反対しているところから始まる。エリーはヨットから逃亡し、長距離バスで結婚相手の居るニューヨークへ向かう。そのバスの中で、新聞記者をクビになったばかりのピーター(クラーク・ゲイブル)が彼女と出くわすのだが、彼は跳ねっ返りだが世間知らずのお嬢様を放っておけず、彼女が行方をくらました富豪の娘であることを新聞の記事で知るに及んでニューヨークまで同行してやることになる。
このあとは『ローマの休日』とは違う展開になるが、共通する要素がちょいちょい出て来る。『ローマの休日』の原案を創ったダルトン・トランボがアイデアを戴いたかどうかは定かでないが、少くともこの名作を見ていたことは確実である。創作においては、意図せずして無意識裏に名作をパクってしまうということは十分あり得ることなのである。
ついでに国内にも目を向けてみると、実は日本にも『ローマの休日』と浅からぬ縁のある作品が存在するのである。それは最初、物語の舞台をローマから江戸に移して、「ローマの休日」ならぬ「江戸の休日」をつくろうというところから始まった企画で、言い出しっぺは黒澤明監督作品で最も多く脚本に名を連ねている小國英雄さんであったらしい。映画の主役は、アン王女から性別を変えて青年徳川家光(竹千代)になっている。
お世継の窮屈な生活にうんざりの家光青年は、夜な夜な江戸城を抜け出して、憂さ晴らしに辻斬りのまね事なんぞをしている。それを見兼ねた大久保彦左衛門は、別の世継候補の一派から家光が命を狙われていることもあり、一石二鳥とばかりに出入りの魚屋一心太助に家光の身柄を秘かに預ける。奉公に来た若者がお世継とは知る由もない太助の娘が家光と恋に落ちて……。
というような筋立てであるが、ここまで来ると、もはや『ローマの休日』の影も形も無くなっている。
この映画は『江戸っ子祭』というタイトルで1958年に公開されている。家光青年を川口浩、一心太助を長谷川一夫、大久保彦左衛門を中村鴈治郎、太助の娘は野添ひとみが演じている。冗談のような話から始まっても、ちゃんとした人が作れば立派に面白い作品に仕上がるのである。
こんな例はまだまだたくさんあるに違いない。
名作は時代を越え、国境を越え、形を変えて、輪廻転生を繰り返すのである。