「黄表紙」で巻き返しを図る鱗形屋孫兵衛

 瀬川が九郎助稲荷に祈った甲斐もあってか、蔦重が制作した吉原のガイド本「吉原細見」は飛ぶように売れた。中央に通りを置いて、上下に店を配置するというレイアウトの見やすさや、サイズは大きくなって薄さは半分というリニューアルの工夫が、客のニーズに合致していたようだ。

 紙の量が半分になったことで、コストダウンにもつながった。ドラマでは、蔦重が従来の吉原細見より半値で買えるとアピールしまくり、何かと対抗してくる西村屋の吉原細見を圧倒する様子が描かれた。

 絶好調の蔦重だが、すべては、もともと吉原細見のシェアを独占していた鱗形屋孫兵衛(うろこがたや まごべえ)が重版事件(同じものを出版すること)を起こして自滅してくれたからこそ。取って代わるように、蔦重が新たな版元として勢いづくことになった。

 ところが、鱗形屋は復活し、絵入りの娯楽本である草双紙(くさぞうし)で巻き返しを図る。『金々先生栄花夢』(きんきんせんせいえいがのゆめ)を発刊したところ、たちまち大評判となり、一大ブームを巻き起こしたのである。

 大人向けのコミカルな内容がこれまでのものとは一線を画しており、これ以後の草双紙については、『金々先生栄花夢』の表紙の色から「黄表紙」と呼ばれた。

『金々先生榮花夢』(国文学研究資料館所蔵/出典:国書データベース/https://doi.org/10.20730/200015145

 ドラマでは、『金々先生栄花夢』のストーリー解説も行われたが、当連載で予習していた読者は、なお分かりやすかったことだろう(当サイト記事参照/『べらぼう』幻となった「11代将軍・徳川家基」、わずか18歳で急死した期待の跡継ぎに立てられた“暗殺の噂”)。

『べらぼう』の鱗形屋孫兵衛は蔦重の引き立て役となっている。そのため、今回の『金々先生栄花夢』についても「実は蔦重が鱗形屋に話した内容だった」という設定になっている。

 だが、実際には話の内容だけがヒットの要因とは言えず、作画を担当した恋川春町(こいかわ はるまち)の貢献度が大きかった。春町の力を引き出した点においても、鱗形屋孫兵衛もまた、実際には才のある出版人だったのだろう。

 今後の展開としては、鱗形屋孫兵衛は人気作家の朋誠堂喜三二(ほうせいどう きさんじ)の力を借りながら、挿絵は恋川春町に担当させて黄表紙を次々と出版。ゴールデンコンビによって、黄表紙のジャンルを大いに盛り上げている。

 だが、重版事件で処罰されたこともあり、鱗形屋の経営は徐々に傾いていく。やがて黄表紙が出版できなくなると、やはり蔦重がその隙を突くかのように、喜三二や春町による黄表紙を刊行することになる。

 つまり、ドラマとは逆に、むしろ蔦重のほうが孫兵衛のフォロワーとして、同じことを自分なりの工夫を加えながら、世に出していたと言えよう。『べらぼう』でも、もう少し孫兵衛の才覚も描いてあげてほしいところだ。

 ドラマでは、片岡愛之助演じる鱗形屋孫兵衛のほか、西村まさ彦が演じる西村屋与八や、風間俊介演じる鶴屋喜右衛門(つるや きえもん)も、ライバルとして立ちはだかる。

 実際においても、西村屋与八とは浮世絵師の喜多川歌麿を巡って、そして鶴屋喜右衛門とは浮世絵師で戯作者の山東京伝(さんとう きょうでん)を巡って、蔦重と競い合っている。版元同士の仁義なき戦いは、これからまだまだ本格化していきそうだ。