性病経験のある遊女が高く買われていたワケ

 今回、もう一つ吉原パートで注目された言葉が「強蔵(つよぞう)」である。遊郭において、精力旺盛な男性客を強蔵、逆に精力が弱い男性を「弱蔵(よわぞう)」と呼んだ。

 瀬川は襲名によって吉原でも大きな注目を浴びるが、客が殺到する中で、分刻みのスケジュールで対応に追われることとなった。ドラマでは、1日に何人もの客を相手にして疲労困憊の瀬川が、最後の客として「強蔵」の客とあたった様子も描かれた。

 大いびきをかいて寝る客の横で、瀬川は身体の節々に痛みを感じながらも「ちくしょう…めちゃくちゃしやがって」とうめいた。インパクトが強いシーンで、SNSでも話題となった。

 遊女からすれば、客が来なければ経済的に苦しくなるが、かといって客がたくさん来たら来たで、過酷な労働を課せられる。ドラマでは、瀬川を目当てに来た客たちをさばききれず、みんなで相手をしなければならなくなった。花魁の松の井は、こんな不満を漏らした。

「自ら手を挙げた瀬川がきついのは自業自得。それより、その尻拭いをするわっちらの身にもなってほしいものでありんす」

 遊女の過酷な労働環境を見るにつけ、気になるのは性病のリスクだ。ほとんどの遊女がデビューしてから1年以内に梅毒に罹患していたという。

 しかも、当時は性病への知識もあまりなかったため、「梅毒は一度かかったらもうかからない」というデマが信じられていた。そのため、吉原に入る前に性病の既往歴を持つ遊女は「もう性病にはかからないだろう」とむしろ歓迎されて、高く買われたという。これでは感染は広がるばかりだっただろう。

『べらぼう』では、蔦重が「吉原に客をもっと呼ぶにはどうすればよいか?」と考えに考え抜いて、遊女をPRするような出版物に携わってきた。しかし、大勢の客が吉原に来ることが、遊女にとって経済的にはプラスになったとしても、心身をすり減らすとなれば、蔦重としても何が正解か分からなくなってきそうだ。

 蔦重はどんな思いを抱いて、江戸のメディア王へと駆け上がるのか。主人公の心情の移り変わりにも注目していきたい。

【参考文献】
『江戸の色町 遊女と吉原の歴史 江戸文化から見た吉原と遊女の生活』(安藤優一郎著、カンゼン)
『図説 吉原遊郭のすべて』(エディキューブ編集、双葉社)
『蔦屋重三郎』(鈴木俊幸著、平凡社新書)
『蔦屋重三郎 時代を変えた江戸の本屋』(鈴木俊幸監修、平凡社)
『探訪・蔦屋重三郎 天明文化をリードした出版人』(倉本初夫著、れんが書房新社)
『なにかと人間くさい徳川将軍』(真山知幸著、彩図社)

【真山知幸(まやま・ともゆき)】
著述家、偉人研究家。1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年より独立。偉人や名言の研究を行い、『偉人名言迷言事典』『泣ける日本史』『天才を育てた親はどんな言葉をかけていたか?』など著作50冊以上。『ざんねんな偉人伝』『ざんねんな歴史人物』は計20万部を突破しベストセラーとなった。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義、宮崎大学公開講座などでの講師活動も行う。徳川慶喜や渋沢栄一をテーマにした連載で「東洋経済オンラインアワード2021」のニューウェーブ賞を受賞。最新刊は『偉人メシ伝』『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』『日本史の13人の怖いお母さん』『文豪が愛した文豪』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』『賢者に学ぶ、「心が折れない」生き方』『「神回答大全」人生のピンチを乗り切る著名人の最強アンサー』など。