
(山上信吾:前駐豪大使)
外務省の全てを知る前駐豪大使・山上信吾氏が、これまで語られることがなかった日本外交の闇に鋭く言及。アメリカ、中国、ロシアとどう対峙していくべきかを提言する。
※この記事は、『国家衰退を招いた日本外交の闇』(山上信吾著、徳間書店)から一部抜粋・編集しました。
安倍外交、なし崩しの北方領土交渉
間違いなく、最近の総理大臣の中でロシアとの関係改善に力をあげて取り組んだのは安倍政権であった。だが、安倍元総理の悲劇的な死去から2年以上が過ぎた今もなお、日本国内においては安倍外交の評価が定まってこなかった。否、如何に評価すべきか、議論らしい議論すら行われてこなかったと言って過言ではない。物事が一区切りついた後に厳しい省察が加えられることが極めて稀であるのが、日本の悪い性癖である。
その間、菅、岸田、石破と政権は代わり、議論がないままに安倍外交のレガシーがかき消されつつある感がある。岸田政権による「自由で開かれたインド太平洋」「日米豪印戦略対話(クアッド)」に対する無関心、腰の引けた対応、そして石破政権による「アジア版NATO」や「日米地位協定の見直し・改定」への拘りは、裏を返せば安倍外交を無条件・無批判に継承しないとする政治指導者としての意思表示とみなして良いだろう。
その一方、国際社会で確固とした存在感を見せた安倍外交を懐かしみ、現在の停滞状況を嘆く声もかまびすしくなってきた。
今後の領土交渉で日本がすべきは北方領土交渉のリセットしかあり得ない。プーチンのロシアとはどう交渉しようが片付くはずのない問題なのだという認識から始めるしかない。
では、いつどう片付くのか?
端的な答えは、ロシアが落ちぶれるまで辛抱強く待つしかない、というものだ。
実際、ソ連が崩壊した1990年代には領土交渉が進んだことは間違いない事実だ。1993年の東京宣言は最たるものだろう。1998年4月に行われた橋本龍太郎総理とエリツィン大統領との川奈会談こそは、領土問題の解決に一番近づいた瞬間であったというのが、日本側の多くの関係者の共通認識でもある。
かつては米国と覇を競う超大国であったものの、今や韓国と同程度の経済規模に縮小してきたロシアだ。ソ連崩壊後は人口規模でも1億4000万人程度であり、日本を若干上回るにとどまる。インテリの流出は止まらない。現在はウクライナ戦争の戦争景気に恵まれているものの、戦争後の揺り戻しはプーチン大統領ならずとも懸念されるところだろう。
であるとすれば、いずれ必ずチャンスは来る、という気持ちを持ちつつ、臥薪嘗胆を期す他はない。かつて、日清戦争の後にロシアが主導した三国干渉の災禍に見舞われた大日本帝国は、臥薪嘗胆を誓った。今必要なのは令和版の臥薪嘗胆だ。